平穏の中の落とし穴・1
平和だ。平穏そのものだった。
出会いのシーズンが終わっての一休み。十分に満喫していたら意外な事があった。チリンチリンと音が鳴る。私の目の前で。
商店街で買い物をしていたら、10枚で1回ひけるクジのチケットを貰った。必要な物を買っていたら10枚たまったので、参加賞辺りのティッシュでも貰えたらいいか。その程度で回してみたのに、何故かおめでとうと言われる。
はて……私は何を当てたんでしょう。
出てきた玉の色は金。あぁ、よく当たりに使われる色だよね。賞品が書かれた紙が貼ってあって、それを見上げるように見てみたら、特賞の所に金なんて書いてある。
何々? ゴールデンウィーク北海道の旅って……へぇ、そうなんだ。その下を見ると、1等の銀は炊飯器になってた。2等がマウンテンバイク。3等がホームベーカリー。1等か3等の方が良かったなぁ。最近家の炊飯器がね……。
「おめでとう璃音ちゃん!」
家の近くの商店街だから顔見知りなんだよね。よく利用するし。
「1等の炊飯器と交換とか…」
思わず本音を口にだしてしまったけど、特賞から1等への変更は無理みたいだ。当たり前だけど。
「悪いねぇ。でもこれはゴールデンウィークだから友達と行っておいで」
申し訳なさそうに言われたんだけど、おじさんは全く悪くない。5月に北海道っていうと、ラベンダーが綺麗なんじゃないかなぁ。
本人が行けない場合は家族に譲渡出来るみたいだし、家に帰ったら両親に聞いてみようかな。予定が空いていれば良いんだけど。
今日の夕食はクリームパスタ。大量に作りつつ話す機会を伺う。中々チャンスが訪れないというか、料理を作っているからタイミングが合わないというか。
パスタのほかにはからあげとポテトサラダ。明日のお弁当にもいれられる2品。机の上に並べ、皆で一斉に食べだす。一口食べ、フォークを下に置いた後に例のものを机の上に置く。
「あのね。今日商店街で福引をしたんだけどね」
「そうなんだ」
「何が当たったの?」
「ティッシュ?」
お父さん。ティッシュは参加賞というか残念賞というか、当たり前のように貰えるものだよ。流石に机の上には置かないよ。
「ティッシュだったらわざわざ言わないよ」
私のその言葉に、純夜が身を乗り出した。
「何が当たったの?」
「純君は可愛いね!」
私の言葉に身を乗り出してまで聞いてくれる純夜。本当に可愛い弟君だよ。両親のあの全く期待していません的な態度を見た後だと、尚更可愛く見える。すりすりと頬ずりしながら純夜の背後に周り、チケットを取り出す。
「「北海道旅行?」」
両親の声がはもる、
「飛行機チケット往復分で、泊まるホテルのチケット3泊分。後は自費だけど、こんな感じなのが当たりました」
ペアだよ、と言葉を付け加えると、両親が眉間に皺を寄せて悩みだす。
「お父さんとお母さんが行けるなら行ってほしいんだけどな」
「いいの?」
「いーよ」
「璃音がいいって言うなら行ってくるか」
スケジュールを調整してと呟く両親。その後カレンダーを見て悩みだすが、とりあえず両親の事はほっておく。息抜きしたいって叫んでいたから、多分スケジュールの調整はするとは思うんだけど。
「姉さんは行かなくていいの?」
そんな様子を見ていた純夜が聞いてくる。
「うん。いーよ。でも2人が行けなかったら一緒に行こっか?」
この様子を見てると、ちょっと怪しいかなとも思うんだよね。無理だったら姉弟水入らずもいいと思うんだ。
「……そうだね。ごちそうさま。今日は課題があるから部屋に戻るよ。お風呂は最後でいいから」
「わかった。勉強頑張ってね。でも程々にね」
リビングを出ようとする純夜に声をかける。成宮学園の教師は結構宿題を出すのが好きな教員が多いんだよね。
「うん。ありがとう」
にっこりと笑ってリビングを出て行く純夜。やはり純夜の笑顔は無敵スマイルだよね。あれで皆落ちちゃうんだろうね。でも純夜にしては珍しいなぁ。ご飯を食べ終えてから直ぐに自室に行くのって。
そんな純夜を見送った後、いつの間にか食べ終わってソファーに移動して、机の上にカレンダーやスケジュール帳を広げている両親を横目に食器類を洗う。
残ったおかずにはサランラップをかけてから冷蔵庫に入れる。明日のお弁当はどうしようかな。からあげとポテトサラダは決定。後はトマトと出し巻き卵。他……他には煮物でもいれておこうかなぁ。
あ……そういえば作り置きしてあるホワイトソースがあるから、小さなグラタンでも作ろう。下準備でホワイトソースは冷凍庫から冷蔵庫に移動する。ベーコンも解凍するから冷蔵庫にいれて、とうもろこしの缶詰を用意しておく。クリームコロッケでもいいかも。
ほうれんそうのおひたしも入れたら彩りが鮮やかになるかな。とりあえず準備はこれぐらいにしておいて、私も部屋に戻る。
「どうしたの?」
何故か私の部屋の前に純夜が立っている。自室に戻ったんじゃないのかなって思っていたら、純夜が顔を上げた。
「わからない所でもあった?」
ひょっとしたら出された宿題でわからない所があったのかも。そう思って聞いてみれば、首を横に振る。
「それは大丈夫。あのさ……」
「ん?」
純夜にしては珍しく、言うのを迷っているかのような態度。
「北海道のさ……両親が行かなかったらっていうのでさ…」
言いよどむ純夜に、はっきりと答えておく。
「純君と行ってたよ」
純夜と2人なら安心して旅行に行けそうだし。それなのに純夜は不安そうな表情を浮かべたまま口を開く。
「俺と行っても良かったの?」
「うん。当たり前でしょ。純君と一緒なら楽しいし」
純夜と一緒に行く旅行が楽しくないわけがない。さも当然とばかりに言ったら、純夜が口元に手を当てながら小さな声で言った。
「父さんと母さんの都合がつかなかったら……行こっか」
小さな声だけど、純夜の声は通るから聞こえるんだよね。
「うん。2人が駄目だったら行こうね」
そう言うと、純夜が嬉しそうに頷いた。
「勉強は程々にね。おやすみ。純夜」
「うん。おやすみ」
2階に上がる純夜を見送り、私は何の疑問も抱かずに部屋に戻った。今日は珍しく私の方には宿題がないんだよね。復習はするけど、他に何しようかなぁ。




