それぞれの思惑・水守統矢視点
学園で食べる毎日の昼食。つまり弁当は毎朝母親が作ってくれてはいるが、あくまでも俺は兄のおまけだった。二つの弁当を並べてみればわかる。
片方はいかにも拘ったおかずが入った弁当。もう1つは毎日代わり映えのない夕食や朝食のおまけを詰め込まれたもの。
兄が差し入れを貰うから、小さい弁当箱で良いと言えば、俺には確認もなく兄と同じサイズの弁当箱に変わった。
小遣いだけでは高校生にしては十分過ぎる程のものを貰っていたから、食べる物には別に困らない。
ただ、始めに貰った分から更に小遣いの現金での追加は、兄だけに許された特権だったが。
成宮学園という場所は、それなりの人物たちの子供が多い。かといって、そこまでの特権階級意識があるわけじゃない。
水守家の場合、父の代になる少し前から祖父が起こした事業が軌道にのり、父の代になっても右肩上がりで事業は上昇を続け。俺達が幼稚園に通う頃には安定した会社になっていた。大企業といえるものではないが、十分に儲かっているらしく、高校生になったら銀行のカードと現金を渡された。
現金は10万。カードは予め父親が入金してくれた30万。月にそれだけ使ってもいいらしい。
兄は当たり前のように使い、更に追加をもらう。
けれど次の月に残高を調べてみると、30万以上のお金が振り込まれていた。気になって調べてみたら、実際の入金額は100万円だった。うちの両親の金銭感覚は、事業が軌道にのった頃から破綻したらしい。
だが、これだけあればあの小さな弁当なんて食べずに、購買にでも食堂にでも何処にでも行けばいい。けれどそれをやる事さえ面倒になっていた俺は、全く足りない弁当1つと炭酸飲料で腹を膨らませていた。お人好しと知り合いになるまでは。
弁当の大きさは高校生男子が持つサイズ。そこに入れられたものは色とりどりのおかず。もう1つの弁当箱の中身は相変わらず白いご飯に梅干。おかずはゆで卵1つにからあげ3つ。バリエーションの違いは卵の調理方法ぐらいだろう。
それをあっさりと胃の中へ納める。小さめのおにぎり一つ分ぐらいのご飯でお腹が一杯になるわけがない。前までは、この後に炭酸飲料を飲んで終わりだった。が、今は違う。始めに見た色とりどりの弁当に手を伸ばし食べ始める。
清宮の作った弁当は本当に美味しい。
毎日違うメニュー。料理が趣味なのかと思えば、清宮家の食事の実権を握っているらしい。
相変わらず4人分も5人分も変わらないと言って笑う清宮。その笑顔は。10年前と変わらない。偽名を名乗ってしまったから、当然俺だとは気付かずに日々過ごしているが、それを清宮に言うつもりはない。けれど変わらない清宮に安堵しているのは俺の本音だ。
「これで足りる?」
そんな清宮が俺に聞いてきた。
「十分足りてる」
「そうなの? うちの両親もそれぐらい食べるから、高校生の男の子で足りるのか心配なんだよね」
「へぇ……よく食べる両親なんだな。外食とかは?」
「私が実権を握った後は減ったかな。余程の事がない限りしなくなったかも」
「まぁ、そうだろうな」
この料理が出てくれていたら、俺も外食なんてせずに家でのんびりと食べる方がいい。清宮は気付いてはいないだろうけど。
「統矢君も遠慮せずに言ってね。後、これが好きとか嫌いとかがあってもね。参考にしたいからさ」
「あぁ、わかった」
今まで嫌いなものが何もなかったから気付かなかったが、美味しいとしか言ってなかったな。ひょっとしてもう少し細かく感想を言った方がいいんだろうか。
俺が悩みだしたのが解ったのか、清宮の表情が微かに動く。
「今までのものが全部美味かったから、そこまで気が回らなかった」
今の所、俺の正直な感想はこれだ。全て美味かったのも事実だ。
「そっか。それなら良かった」
ホッとしたような表情を浮かべた後は、はにかむような笑顔。本当に変わっていない。
この笑顔に俺は救われた。10年前のあの日の事を、俺は忘れないだろう。清宮が覚えていなくても。
「ごちそうさま。じゃ、武長先生の手伝いをするからもう行くね」
「あぁ」
当たり前のように言う清宮。武長か。清宮は気付いていないが、武長が清宮を見る眼差しは一生徒を見るものじゃない。両方を見ていないと気付かないとは思うが。
どのぐらいいるのか。これに気付いている奴は。そう思うと、俺が清宮をよく見ている事になるが、実際見ているから仕方ない。なんといっても、俺が桐矢の事をある程度かもしれないが、ふっきれたのは10年前の清宮のおかげだ。
恩人だと言っても過言ではない。その恩人が困っているなら助けたい。恩返しをしたい。そんな感情が強い。
そうはいっても、清宮は何も言わずに自分でやってしまう為、チャンスを見逃したくはない。河野の件も、俺にとっては恩返しだったのに、それに気付いていない清宮は俺に何度も頭を下げ、礼の言葉を口にした。
俺が勝手にやったのに、そうは思わない清宮。
まだ足りない。恩返しには全く足りてない。
教室から出て行く清宮の背を見送りながら、俺はそんな事を考えていた。全く気付いていなくて、人の好意に疎い清宮だったが、だからこそ尚更そう思うのかもしれない。これで人の気持ちに胡坐をかくような性格だったら、きっとこうは思えていなかっただろう。
そう思うと、清宮は随分とお人好しだが、このままの清宮で良かったんだろうと思えた。




