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初めてのイベント・2


「そこ……腫れてるな」


 教室に入る直前に耳に掠めた声。


「おはようございます」


 担任教師を前に、軽く頭を下げながら挨拶の言葉を口に出す。

 先生の目線は額に一直線だけど、あえてそこには触れないでおく。

 3-Cの担任教師、武長正人先生。担当科目は理科。主に生物学を担当する先生。IQが高くて実際は全ての教科で先生を出来ちゃうらしいけど、理科の生物学を選んだ理由が非常に単純。

 この学校はそれぞれの教科毎に準備室があるんだけど、生物学は一番部屋が広いのだ。勿論授業に必要な物が色々と置かれているけど、それとは別に教師専用の部屋があるのは生物学だけ。

 広々と使いたいっていうだけで、その担当を選んで教員資格をとったとか。先生の親戚がこの学園を経営してるから、部屋をもらいやすいのもあったみたいだけど。


「おはよう。今日は遅かったな。2年の方で綺麗な弟君がもめてたみたいだけどな」


「そうですか? 仲良しになる前のコミュニケーションですよ」


 なんたって攻略相手だから、とは言わずに、にっこりと笑みを浮かべる。

 そして、純夜の事を平然と“綺麗”と言えてしまう武長先生も、実は攻略相手だったりする。この歩く女殺し教師と名高い武長先生。何故なのか。実は非常に良い声をしているのだ。その声にやられてしまう女生徒が多いので、不本意ながらそう呼ばれてしまってる。

 ホストになれば入れ食い状態になるであろう、ゾクリとする声。生まれつきの茶色の髪は柔らかく、見るからにさわり心地は良さそう。黒縁眼鏡をつけているけど、それがまたつけていない時のギャップで、更にクラリとしつつそのまま惚れる女性続出中の大人の色気満載。

 また黒縁眼鏡が似合っているんだよね。

 嫌味な程に。


「それ、弟君が怒ってたぞ」


「額にぶつかった程度で、すぐ治っちゃいます」


 純夜は過保護だから。と言葉にしなくてもわかったのか、先生が口の端を軽く上げて笑う。


「休み時間に俺の所に来い。治療してやるから」


「んー。その時も痛かったらお願いするかもです」


 少し記憶があやふやだけど、これは確か先生ルートの重要なイベントだった気がする。これを逃すと、純夜と武長先生のEDが恋人未満で終わっちゃうんだよね。確か昼休みに純夜が璃音を迎えに来て、保健室じゃなくて武長先生の所に一緒に行くと発生。

 元々純夜の事を綺麗だと言い切っていた先生が、私の額に当てとけとばかりに純夜に冷えたタオルを渡す。

 間に私を挟みながら、先生と純夜の二人の会話がスタート。先生が純夜を綺麗だと褒め称え、純夜が何言ってるんですか。と少し照れ気味にそっぽを向く。

 つまり、私は純夜を呼び出す為の口実にされるんだよね。

 先生はお金持ちの三男だし、純夜にとっては悪くない相手。


「昼休み……にお願いします。他の時間は予習をしたいので」


 額は平気だけど、それで純夜と先生のフラグをへし折るのは忍びない。


「相変わらず真面目な生徒だな。お前は……」


「ふふ。それだけが取り柄ですから」


 昔は勉強が嫌いだったけど、璃音に転生してからはかなり勉強が好きになった。この高スペックな頭脳には助けられまくってるし。


「それだけが、か?」


「はい。そうですよ」


 先生の言葉に、自信満々に頷く。

 将来的には大学、そして研究室というものに入ってみたい。昔の自分には全く縁のないものだけに、憧れが募るのだ。

 思わず零れた笑みに、先生も笑ってくれた。

 笑うだけでも様になるこの美形度合い。流れ弾に当たってダウンをしてる女生徒がいるのが流石です。

 大丈夫ですよ。ちゃんと純夜を連れて行きます。なんたって、先生の本当の初恋だからね。純夜は。その後は先生が頑張らなきゃですけど。ライバルが多いから。


「それじゃ先生。昼休みはお願いします」


「あぁ」


 ぺこりと頭を下げ、後ろのドアから教室に入る。武長先生が担任だから直ぐに会うんだけどね。


「おはよー」


 周りの人たちに軽く挨拶をしながら、窓側の一番後ろという特等席に腰を下ろす。基本的に席替えはないから、卒業までこの席で過ごせるんだよね。席替えがない学校で良かったなぁ。


「はよ……ってその額どーした??」


 私の前の席に座っている海藤 貴矢タカヤ君が驚いたように声を上げた。周りに聞こえないように小声だったけど、その眼は見開いているし、額に釘付けだ。


「そんなに目立つ?」


 先生にも海藤君にも言われるって事は、結構目立っているのかもしれない。迷いながらもポーチから鏡を取り出し、缶が当たったであろう場所を見てみる。

 ……。


「そんなに腫れてないのによく分かったね」


 うん。全然腫れてない。ちょっと赤くはなってるけど、髪に隠れる程度だね。


「いや……それ腫れてるだろ」


 海藤君が私の机に肘を付き、ずずっと距離を縮めてくる。


「誰にやられた?」


 ものすごく真剣な眼差しで言い切られ、思わず笑いが漏れた。


「心配ありがと。でもただの事故みたいなものだから。武長先生から昼休みに冷やすものを借りるから大丈夫だよ」


 たいした怪我でもないのに何故海藤君が真剣かというと、海藤君が攻略キャラだからだったりする。身長は確か180cmぐらい。黒髪だけど、一部分だけ白のメッシュを入れてる。

 運動部に所属してそうなかっこいい細マッチョだ。

 ただ、バイトをしたいという理由で部活には入ってない。


「………武長先生?」


「うん。武長先生」


 海藤君と担任教師である武長先生は、純夜を巡ってのライバル関係でもある。毎日顔を合わせる相手なだけに、互いを意識してるというか。先生が純夜の事を狙っていると、同じ片思い同士で分かってしまい、牽制しあってる。

 今も苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ、私に聞こえない程度の舌打ちを一つ。やはりライバル関係らしく、先生の名前が出るといつもこんな感じだ。


「先生がいるから前向こっか」


 教室に入らず、何故か前の扉から教室を見渡す先生。

 時計を見れば後一分程でチャイムが鳴る。


「…あぁ」


 私の言葉に前を向いた海藤君の視線は先生に向けられてる。先生も海藤君を見てるんだけど、眉間に皺を寄せて不機嫌さを隠しもしてない。

 純夜が絡んだ時の大人気ない先生は、小細工な事はしないがそれでも、ライバルには辛辣な所を見せる。

 私や純夜のいない場所限定だけど。


「(二人とも頑張れー)」


 二人に向かってエールを送っておく。

 今の所誰かの味方をする気は全くない。攻略相手は皆良い子だしね。

 そして今回のクッキー缶フラグに関係のある人はこれだけ。昼休みにそれは回収しちゃうから、特に問題はないかな。

 少しずつ薄れているゲームの内容を思い出しながら、登場人物を考えれば今日はこれで終了。

 そういえば、隠れキャラとかは出るのかな?

 隠れキャラが登場するとすれば、もう一度私の額に物が飛んでくるはず。間違いなく事故で偶々私の額に直撃するんだけどね。

 問題は明日の朝。何処から飛んでくるかわからないから、注意のしようもないし、注意してたらフラグを潰す事になる。

 よし。仕方ない。ここは一つ、私の額を差し出そう。





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