それぞれの思惑・1
両手でグーとパーを繰り返す。本当に痛みはないから吃驚する。どのぐらいでこれがとれるのかな。初日は見たくなかった傷。随分再生してきたんじゃないだろうかと思ってる。
早く治らないと過保護2人がいつまでも心配してしまう。
出汁巻き卵を頬張りながら手の平を見ていたら、後ろに気配が……。教室で食べる人は珍しいし、大体誰が食べているか等はもう決まっている。だから違うクラスの彼が私の背後に立った所で誰もつっこまない。
「はい、お弁当」
知り合ってから、休日を除いて会わない日はないんじゃないかな。
「いつもすまないな」
「いえいえ。こちらこそいつもありがと」
いつの間にか交換条件になっていた私への貢物。大好きなクリームソーダだったりする。統矢君は私の前の席に座って、母親が作った小さなお弁当箱を早々と終わらせ、私のお弁当を食べ始める。
相変わらず、家族仲は良好とはいえないみたいだ。昔から兄である桐矢ばかりが優遇されてたって言ってたもんね。実際見てないからなんとも言えないけど。
おにぎりの数は純夜と同じで4つ。結構大きめに握ってある。具は鮭とおかかと梅とマヨシーチキン。
「これで足りてる?」
純夜と同じサイズで同じおかずの数。ちなみに、体格だけ見れば純夜の方が小さいというか痩せてるというか。そんな純夜と同じ量で大丈夫かなと聞いてみると、問題ないという答えが返ってきた。
「相変わらず美味いな」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
料理は数少ない特技だと思っているので、それを喜んで食べてくれるなら良かったと思う。気分的には若い男の子を餌付けしているようにしか思えないけど。
「ごちそうさま」
私のお弁当箱はそんなに大きなものではないので、統矢君が私のお弁当を食べ始める頃には終わってる。それでも、今日は食べ終わるのが特に早い。
「早いな」
「うん。今日は武長先生に頼まれ事があるから行くね」
「…あぁ、ありがとな」
「どういたしまして。ちゃんと食べてね」
「あぁ」
同年代の男女がご飯を一緒に食べているのに、噂にならないのはお互いの性格や行動の為だろう。
私も統矢君も、自分が食べ終わったら相手を気にせず席を立ったり本を読んだりと、相手を放置するし、恋人特有の甘い空気なんてものは一切存在しない。
「じゃ、行ってきまーす」
「あぁ」
授業に必要な本やノートを袋に入れ、肩にかけて準備室へと向かう。ペンのセットを買ったばかりで、早く使ってみたいんだよね。
今日のノートは色々とカラフルになっていたりする。
所で、武長先生の頼み事って何だろう。準備の手伝いと言っていたけど。武長先生はそれなりに付き合いの長い先生だけど、未だに考えている事がわからないんだよね。
別棟にある理科準備室の扉をトントン、と2回程叩き、ドアを開けて……。
「……」
迷わずに閉めた。
よし。ここは見なかった事にして教室に戻ろう。そろそろ食堂に行った真美ちゃんが帰ってくる頃だろうし。何も問題はないはず。
踵を返して離れようとしたら、襟首を掴まれて準備室へと引きずり込まれる。
「おはようございます、お疲れ様でした。これで私は帰らせて頂きます。さようなら」
目一杯言葉を詰め込め、帰ろうとするけれど武長先生は離してくれそうにない。まるで子猫の首を噛んで運ぶ母猫のような…。
「あのな。ちょっと待って説明を聞いていけ」
何処か困ったような武長先生の言葉。
「私には大人の恋心はわかりません。でも、大人だから色々ありますよね! 大丈夫です。喋りません。綺麗さっぱり忘れます」
だから離してください。そう言おうとする私よりも早くに武長先生が口を開いた。
「こっちが大丈夫じゃないから、あいつから説明を受けろ」
「……えー…」
別に首をつっ込みたくないのに、先生が鍵で扉を閉める。この準備室は、外からも中からも鍵をかけれる。開けるにはマスターキーか、先生の持っている鍵が必要になる。
けれど、逃げたかったのに逃げ切れなかったこの状況。別に知りたくもないんですがと先生達に視線を向けたら、おもいっきり笑われた。大爆笑。全く意味がわからない。
「清宮ちゃん。いらっしゃい」
「……はい」
どうして鷹野先生がここにいるのでしょうか。
「今のはねぇ……正人と同じ子を好きになっちゃったから、既成事実を作ってその子から手を引かせようと思って仕掛けたのよ」
「……」
何て返せばいいのか全く解りません。
「……先生は美人ですし、いけると思います。頑張って下さい」
それ以外返しようがないような。
「ふふ。美人って言われるのは好きよ」
「そう言って距離を縮めるのをやめて下さい。美人過ぎてもういっぱいいっぱいです。というか大人の駆け引きの現場は面倒そうなので帰らせて下さい」
2人が純夜を大好きだって事だけはわかりました。今はそれだけで十分です。
「あら、照れちゃって可愛い」
そう言って、鷹野先生が私の頬にちゅっと……。
「無差別ですか! 水守君と一緒ですね!!」
一応見かけは乙女な私の頬をにちゅっちゅと……。
駄目。本当に駄目。こういうの免疫なさ過ぎて無理。
「失礼します!」
教室に続くドアには鍵を閉めてなかったから、ここから逃げよう。
「あ」
武長先生が間抜けな声を上げた。今更気付いても遅いです。
後ろは振り向かず、私は駆け足で教室に戻った。次の授業が化学で武長先生だから、逃げ切りようがないんだけどね。




