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ストーカー事件・清宮正信視点・1



 それは1つの電話から始まった。

 その事自体は電話の前から起こっていた事だが、実害が出た事によって担任である佐山先生が、純夜には秘密で今まで起こった事の経過を話してくれた。

 もっと早く教えるものだろう、と言い掛けた言葉を飲み込み、俺は電話を切った。息子も娘も、本当に親を頼らない。純夜本人は佐山先生に口止めをしているらしいが、流石に怪我をした時点で黙っているべきではないと、秘密裏に電話で知らせてくれたらしい。

 勿論、純夜には秘密にしている為、自宅では知らないふりをしながら怪我の状態を聞いたりもした。ここでもし、俺が知っている事を純夜が知れば。担任である佐山先生にも頼らなくなるだろう。

 こんな所ばかり俺に似なくてもいいだろうと思うが、それ自体は今更な事でしかない。璃音の母である花音も、璃音からは何も聞いていないらしい。

 純夜が璃音に話していないだけかもしれないが、仮に知って被害が出ても何も言ってこないだろう。家族の仲は良好なのに、小さい頃からしっかりし過ぎていて大人を頼る事を忘れて成長してしまった子だ。

 小学校の頃には家の台所の実権を握り、拙い動きながらも家族分の料理を作る。そのおかげで純夜の味覚は正常になったといっても過言ではない。花音も俺も金を稼ぐ能力はあるが、料理に関して一言で言うなら、“不味い”ものしか出来ない。

 それしかないから、かろうじてそれを食べているが、あまりに酷い為大体は出前で済ませていた。食費はかかるが仕方ない。それで傾く家計でもないが、両方とも、子供の味覚を育てるのには向いているとはいえない。

 璃音が実権を握るまでは。

 小さい頃からそこまでしっかりとした子が、話してくれるわけがない。

 純夜の件について璃音が知っているかはわからないが、純夜は璃音を守る立場にいたがる傾向が強い為、璃音の手を煩わせたり心配されたりする事を態々話さないだろうな、と俺は思っていた。

 見守る事しか出来ない事を歯がゆく思いながら、俺と花音は変わらない日々を過ごそうとしていた。だが、土日は学園も休みだ。何かあるわけがない。

 これで終わりにしてほしいが、加害者は何食わぬ顔で学園に通っているのだろう。大好きなはずの純夜に傷を負わせる事までしてしまった犯人が、果たしてこれで止めるのだろうか。いや……止めないだろう。

 仕事部屋になっている書斎でパソコンと向き合いながら書き途中の小説を書き上げていく。ただ、いつもより集中できず、俺の指先はいつの間にかその動きを止めていた。

 純夜が怪我をしたのが金曜日。そして今日は月曜日。怪我を負ってから始めての学校。純夜を傷つける程追い詰められている加害者が、今日は何もしてこないという保障は何処にもない。

 心配で続きを打ち込む所か、考えていた内容も全て吹き飛ぶ。

 子供達が懸命に隠している事を実は知っていたといって、親が学校に行ってもいいものだろうか。

 本当に心底思う事がある。どうしてうちの子供たちはそういう問題があっても何も話してくれないんだろうか。良好だと思っているのは俺だけで、信頼関係は成り立っていないのかもしれない。悪い事しか考えられず、ついに机の上に額を置いて目を閉じた。

 その体勢を暫くしていたが、なんとか頭をあげて文字を打ち出す。落ち込みながら今まで打ったものを確認しようとしたら、ちゃんと打っているつもりがわけのわからない文字が打ち込まれていた。

 ディスプレイを見ているようで全くみていなかったらしい。

 それらを全て消すと同時に、家の電話が鳴り響く。その瞬間、嫌な予感がした。電話の本体はリビングに置いてあり、それぞれの部屋には子機が置いてある。俺が取る前に、花音が取ったらしい。

 純夜にたて続き、被害が及んだのだろうか。次に何かあるとするなら璃音じゃないだろうか。恐らくだがそう思ったからこそ、花音の反応が早かったのだろう。

 元々、電話がいつ鳴ってもいいように子機を握っていたんじゃないだろうかと思える程、電話を取るのが早かった。

 それか、偶々純夜の件では俺が取ってしまったから、今度は自分が、と思ったのかもしれない。待っているこの短い時間でさえ、心配が膨れ上がっていく。電話があったのなら、怪我をしたのだろうか。情けないが、2人が心配で心配で仕方ない。璃音が2歳の頃から見守っているのだ。血が繋がっていなくても、純夜と同様に璃音が愛しい。

 花音の電話が終わるのを待ち、花音の書斎に行こうとしたら、それより先に扉をノックされた音が響いた。


「どうぞ」


 俺の声に、静かに扉が開く。パタ、と扉を閉めた音がやけに響いた気がした。


「冷静に聞いてね」


 電話の内容を聞こうと俺が、口を開こうとしたのよりも早くに花音が口を開いた。俺が冷静に聞けない話だという事か。それだけでわかってしまう事がある。


「……」


 言葉にするのではなく、頷く事でわかったと伝える。

 仕事中は腰まである艶やかな長い黒髪を一まとめに縛ってある花音だが、いつもよりも緩く縛られているのか、髪が頬を撫でて下に落ちていく。

 花音が少し頭を下へと下げ、息を吐き出し吸い込んだ。


「璃音が病院に行ったの。薬品が少しかかったのと、転んで両手の平を擦りむいたそうよ。璃音は自分で転んだと言っていたけど、映像を確認したら背中を押されてコンクリートに倒れた際擦りむいた──…。病院には暫く通うけど、痕には残らないみたいなんだけどね……」


「……」


「この一連の件に関して、今日は学校で保護者会があるわ」


 花音が話している間は閉じていた目を開け、組んでいた腕を外しながら机の上に置いてあった紙を右手で握った。ぐしゃりと音がしたが、俺も花音も気にしない。

 璃音は家でもそう説明するだろう。

 真実に嘘を織り交ぜながら。今から予想がついてしまう璃音の行動。大人びたあの子なら、事実を知らされていなければ騙されていただろう。真実を織り交ぜれば説得力が増す。まぁ、運動神経抜群の璃音が転んだといえば、熱でもあったかと心配になるかもしれない。

 小さい頃からしっかりした子供。所謂子供らしくない子供だった璃音。純夜は璃音に育てられ、味覚の事でも母親の味は璃音の料理である。そんな璃音の背を見て育った純夜もしっかりし過ぎて、誰かに頼る事をしなくなっていた。

 その代償が、今回の件に繋がった。


 学校で保護者会が行われるという事は、璃音以外の被害者が存在しているのだろう。手の平の傷には触れず、璃音と純夜には下駄箱の件で説明会が行われると伝えよう。だが時間は何時からだ……?


「今日は半日で生徒を帰すそうよ。時間は午後2時から」


 俺の疑問を感じ取り、花音が答えてくれる。どうやっても今日は集中出来そうにない。この件が終わるまでは。

 璃音と純夜を出迎えてから家を出ればいいだろう。下駄箱の件については嘘をつく必要がないから気が楽だ。

 あぁ、それにしてもうちの子供達に何をしてくれるんだ。

 可愛い可愛い子供達に。


「璃音が帰ってくるまでにその顔は何とかしてね。隠しているから知ってるってばれたくないの」


「……そんなにすごい顔してるか?」


 俺の言葉に花音は迷わずに頷く。どうやら妻が真顔で頷く程すごい顔をしているらしい。純夜と璃音は感がいい。それまでに本当になんとかしておかないとな。




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