ストーカー事件・10
誰にも見られないように庭に出て、呼び出された公園へと向かう。
今日私を突き飛ばした、般若のような怖い表情をした女の子に会う為に。春先だから日が沈むのは段々遅くはなっているけど、夜の9時はやっぱり暗い。
背後の警戒を忘れずに歩きながら、公園の入り口で足を止めて中の様子を確かめる。人影は見えないけど、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
生まれ変わったら、昔よりも感が良くなった。この感のおかげで助かる事も多いから、無下にする事無く慎重に公園の中を右から左へと見回し、人影を見つけた。
少なくとも、影だけ見ると一人じゃない。最低でも4、5人いる。しかもがたいがよさそうな気がする。
木の影に隠れている所を見ると、雇われた人たちなのかもしれない。身体を鍛えていないわけじゃないけれど、体格の良い男の人たちとやりあって勝てるかといえば、勝てない。
相手が一人で、私が竹刀を持っていれば勝てる可能性はあるけど、複数いると流石に無理としかいいようがない。背後をとられたらその時点で身の安全は保障出来ないし、そんな事になったら純夜と龍貴が怖すぎる。
暴力シーンの様子を撮られてもまずいし。逃げ道はあそこで、背後を取られない為には壁を背にした方がいい。
立つ場所はあそこでいいかな。
そこまで考えた後、私は公園へ足を踏み入れた。勿論、立つと決めた場所で歩みを止める。すると、やはりというか予想通り朝見た般若のような表情を浮かべた女の子が足を一歩前へと踏み出す。
「よく恥じらいもなく来れたわね。この泥棒猫がッッ!!」
邂逅一番に言われた言葉がこれ?
思わず力が抜けてしまいそうな身体を意志の力で抑え付け、私は今回の事件の首謀者である河野さんを、上から下へと気づかれないように視線を動かしながら確認する。
顔は普通。人ごみに埋没したら見分けがつかないぐらい、よくあるメイクをしているんだけど、それが更に個性をなくしている気がする。
「泥棒猫じゃなく、純君の姉です」
ポケットに携帯を入れて録音しているけど、上手くとれているかはわからない。
「純夜は私を愛しているの!! 純夜が優しいからってそれに付け込んで大きい顔してるけど、純夜は迷惑しているわ! 今すぐ純夜の前から消えて!!!」
「……」
考えがかなり甘かった事をここで実感させられた。
少し考えればわかるような事なのに、一切考えなかった。下駄箱への仕掛けを、限られた時間であれだけの量を作るのは一人じゃ不可能だ。つまり協力者がいる。木の裏に隠れている人たちがやったのかもしれないけど、態々聞く必要はないだろう。
けれど一番思う事は、ここまでいっちゃってる人を今まで見た事がない。勿論、前世でもお目にかかった事はないんだよね。
話し合いと思ったけど、それ自体成立しない相手だった。
「貴方が私と純夜を引き離しているのよッ! そんな事もわからないの!?」
「河野さん。私は貴方がどうなろうが知った事ではないけど、それに大切な弟を巻き込まないで下さい。ただそれだけを言いたくてここに来ました」
淡々とした口調で言ってみるけど、私の言葉を聞いているとは思えない。
「純夜は私を愛しているのよ!!!」
やっぱり……聞いてない。聞く気がないんだろうね。
こういう相手って真っ向から否定したら、今以上にヒステリックになるのかな。対峙する前に、ネットで調べておけば良かった。
今更だけどね。
「アンタなんて死んじゃえばいいのよッッ!!!」
河野江里佳の叫ぶような声が、公園内に響き渡る。これ、ひょっとして結構目立っちゃってるんじゃないかな。
そう思っていたら、河野さんの後ろから男の人たちが出てくる。いかにも悪役な表情を浮かべ、笑っていた。
「いい女じゃねぇか」
その内の一人が声を出す。
「好きにしていいんだよな?」
その横にいた男が物騒な事を言う。
「写真に撮っとけ。こんな女、滅多にいないからな」
私が無言な事をいい事に、好き勝手話を進めてる。脅しに使える写真を撮られる事態に陥ったら、流石に怒られるというレベルを超え過ぎる。男たちの視線に寒気を感じながら、私は河野さんを見ていた。
純夜が、こんな人からストーカーを受けているなんて思わなかった。
「河野さん。貴方が、事件を起こしてくれて良かった。自分から純君と離れる行動を選んだのは、貴方の自業自得。
もう純君の事は忘れて、転校先で今度は健全に人を好きになって下さい」
勿論、河野さんに通じない事はわかってる。けれど、言わずにはいられなかった。
けれど状況的に見れば、動く気のない河野さん以外の男たちが厄介だ。旗色が悪すぎる。それなのに、私は怒りで河野さんを睨む事を止められない。
可愛い弟が、こういう女の子に付きまとわれていたなんて、腹がたつとしか言えない。
「河野さん。貴方は最低です。言葉も行動も」
私から見たら、全てにおいて最悪だとしか思わない。
どうすればここまで勘違いが出来るのか、逆に気になる。
「好きな相手を傷つけたり……女の子なのに、同じ女を男に襲わせようとしたり…」
「だって、貴方って汚いんだもの!
汚い貴方は地面でも這いずっていればいいのよッッ!!!」
「……」
話し合いは初めから成立しない。
これ以上ここにいたら自分の身の安全も保障出来ない──…という事は逃げた方がいいね。どうせ自宅の場所は知られているだろうけど、男たちにまで知られたくない。
私は無言のまま決めてあった場所のフェンスを乗り越え、全力で走りだす。公園の正規の出入り口は塞がれている可能性が高いと思って意表をついてみたけど、どうやら正解だったらしい。
公園はあっさりと出れたけど、どうやって撒こうかな。悩んでいる間に回りこまれたら厄介だから、行き止まりにはならない道を全速力で走っていく。
中々振り切る事が出来ない。どうやら足の速い人がいるみたいだけど、捕まったら終わりだからどんなに苦しくても走る速さは変えない。
私を男たちの視界から消すように曲がり角を曲がり、数メートル走った所で突然横から引っ張られた。
「──ッ」
捕まった!?
まさかもう回り込まれていたなんて、と思ったけど、私を引っ張った男は手早く鍵を閉め、そのまま何処かの家の庭に滑り込むように倒れた上から黒いシートを被せる。
時間にして数秒。
私を追いかけていた男たちの足音が近づき、遠ざかっていく。
足音を聞いていたら、丁度5人分。公園と出入り口を塞いでいた男たちの人数と合ってはいる。後は河野さんが何処に行ったか気になるけど、一度横になったら疲れと緊張が一気に襲い掛かってきて、起き上がる事が中々出来ないでいた。
「もう少し横になっていて」
私を引っ張ってシートを上に被せた男の声を聞くと、同世代の声に聞こえた。
助かったけど何者なんだろう。黒いシートを被っているから全く顔がわからない。
「(不安になる……)」
家で待ち伏せされていそうで、どうしようか悩む。
「大丈夫だよ。あの男たちは今頃地面に横たわってるから」
顔は見えない男の子が、私の心を読んだかのようにタイミングよく口を開く。
「え…?」
一体それはどういう意味なんだろう。
「統矢がね……やっつけたよ。アイツは強いから」
「統矢君が?」
お弁当を渡す相手だけど、こっちが勝手にやってるだけ。そう思ってたから、ここで統矢君の名前が出る事に驚いた。疑問が解決する事なく、わからない事だけが増えていく。
「え…と……貴方は誰でしょう?」
とりあえず、目の前の疑問を口に出してみる。
「ん? 俺? 俺はね……瀬川 律。統矢とは腐れ縁の友人かな」
「そうなんですか」
瀬川と名乗った男の子の顔は相変わらず見えないけど、ゲームの世界で名前を見た覚えはない。
私が知らないだけで、こういうイベントがあったのかな。それとも私という人間が璃音になっちゃったから、イレギュラーが発生した?
あぁ、でもゲームの璃音は龍貴を恋愛の相手として好きだけど、私は別に好きじゃない。純夜と同様で可愛い弟でしかないんだよね。
そこからして、ゲームの設定とは大幅にずれている。
そうだよね。ここはゲームじゃなくて現実の世界なんだ。
改めて、その事実を突きつけられた気がした。




