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ストーカー事件・3

「あれ……これって……」


 真美ちゃんと前に資料を集めて書いたレポート。長期連休の課題で完成させていたんだけど、別のレポートを書いて提出しちゃったんだよね。お互い。

 前にその話が出た時、武長先生が読むって言ってたから渡してあったんだっけ。そんな数ヶ月前の埃が積もったようなレポートでいいのかなと思ったけど、全く問題はないみたい。

 まぁ、2人で資料を集めまくって書いたから、出来は悪くはないよねって話していたレポートだから、それでいいなら私も全然構わないんだけどね。


「出来は悪くないし、今回提出するのも全く問題なしだ」


 武長先生のお墨付きをもらい、私は内心胸を撫で下ろしながら、真美ちゃんの方を見たら鞄から携帯を取り出してた。

 何をするんだろうと見ていたら、嫌々武長先生とアドレスの交換をしてた。


「アンタもするの!」


「そうなの?」


 別に先生の連絡先はいらないって思っていたんだけど、どうやら今回の事態を相当重く見ているのかもしれない。電話番号は知っているし、それだけで十分だと思うんだけどね。

 でも、純夜を狙ったストーカー騒動だから、武長先生も色々と許せないだろうし、本気を出しているんだろうなぁ。


「じゃあ……どぞ」


 赤外線通信で早々と終わらせ、私は携帯電話を鞄の中に仕舞い込む。今回の私への被害は水風船の中に入っていたものが水だから大丈夫だったけど、純夜の事を考えれば、私にやった事じゃなく、純夜への行為に腹がたって仕方ないんだろう。

 ゲームを思い出せば、純夜が好きでストーカーになった子も、初めは普通に恋をしただけかもしれない。

 でも、恋も行き過ぎればただの嫌がらせ。被害者は恐いとしか思えないだろうと思ってる。

 純夜は感情を表に出す事は避けるから、尚更心配なんだよね。もっと表に出してくれる子だったら、ここまで心配しないんだけどね。

 ある程度の所なら解決も早いだろうし。

 そもそも今回の件だって、私が被害があるかもって事でメールをもらっただけで、そうじゃなかったら私が今回の件を知る事はなかったと思う。

 すっかり忘れていたからね。ストーカーイベント。あの時は龍貴と佐山先生が頑張り過ぎて、殆どわからなかったんだよね。最終的には転校していったし。

 今回もそうなるのかな。今のままだと最終的にはそうなりそうだけど。

 純夜に対して被害を及ぼした相手を許す気にはなれないから、寧ろ転校してもらった方がいいなぁ、というのが私の本音でもある。


「清宮。顔に出てるぞ」


 私のアドレスを入手した携帯を確認しながら、武長先生が口の端を上げて笑う。


「楽しい事でもありました?」


 とても機嫌の良さそうな表情の武長先生。大抵の人は武長先生のこの表情を怒っていると思うみたいだけど、実際はそうじゃない。

 一年の頃からずっと担任だった武長先生との付き合いの長さ。これについては他の人も同じだけど、私の場合は違う。入学式が終わった後、受験の時に歩いた校舎内を久しぶりに足を踏み入れた。ちょっとした冒険心が擽られたのかもしれない。

 それともゲームの確認をしてみたかっただけなのか。多分両方だとは思うんだけど、歩いていたら偶々武長先生のお気に入りの場所に入り込んでしまった。



 半分程しか使われていない旧校舎。使用しているのは理科と美術。それと音楽と書道の特別授業だけ。

 そのかわり、リフォームされ新校舎よりも教室自体は広い。理科も生物、物理、化学で教室が違う。

 ただ、それ以上に理科準備室が広いのだ。準備室に入るのは廊下と生物室からの二箇所だけ。そこは少しだけ広めの準備室に見えるが、実はその奥。棚に隠れて見えにくいが、もう一つ入り口がある。そこから行ける部屋が広すぎるのだ。

 仕切りの代わりに棚を置いてあるが、六畳の部屋が何個分ぐらいあるんだろう。それと、ここは調理室かとつっ込みを入れたい程充実した設備がある。

 業務用の冷凍庫と最新の冷蔵庫。

 クイーンサイズのベット。今更だけど何であるのか聞きたい浴室。サウナ付き。

 流石に浴室や調理室は棚の仕切りではなく、壁でしっかりと仕切りを作り、中が見えない造りにはなっている。学校でこんな事をしていいのかとゲーム開始直後は思ったけど、成宮学園が私立だちいう事が関係している。

 この旧校舎は実は武長先生が買い取り、自分でリフォームをして、他の教室は成宮学園が借りているらしい。

 武長先生が学園の一族だっていうのは攻略本に書いてあって、ここの事も知っているけど、私がソレを見る事はないだろう。

 ここの旧校舎は先生のお母さんが勉強を教えていたのと同時に、色々と遊び心を持っている人だったらしい。

 でも、もういない。だから先生はここを買い取り、母が言っていた事を実現したらしい。それは紛れもない先生の傷。

 その場所を純夜に見せて母の事を語り、一緒に生きる事を誓う場所。私が秘密の入り口に気づく事はない。例えそれが知っている事であったとしても。

 こんな奥深すぎる知識を持っていたのが悪かったのか。それとも旧校舎の屋上に出てしまったのが悪いのか。

 鍵が開いていたからと何も考えずに扉を開けてしまった私が悪かったんだろう。


 武長先生が不機嫌そうに私を見た。茶色の髪を風に靡かせ、遠慮なく上から威圧感を与えてくる。


「すいません、入学したばかりで校舎を歩き回っていたらここに来てしまいました。それでは失礼します」


 ゲームで見た顔が、少し離れた場所にあった。

 表情は変えないように意識して頭を下げ、鉄の扉を閉めようとした。扉は閉まるはずだった。

 私の手とは違い、大きくて骨ばった手。その手が扉を掴み、私の身体を引っ張り出し再び光の下へと戻す。相当冒険をたのしんでいたのか、空は夕日に染まりかけている。

 けれど今回の件は失敗した。純夜の件で関わったとしても、イベントが始まるのは2年後。幾ら担任だからといっても、今から接触を持つ気なんてなかった。

 この時の先生は口の端をあげ、不機嫌そうな表情を形作っている。尚更まずったと思えば、先生は声に出して笑い出した。


「団体行動大好きな奴らの中に、お前みたいのがいるなんて面白いな。団体行動苦手だろ」

 

 新入生という立場なので、胸のポケットには花がさしてある。態々私が言わなくても一目で丸わかりだ。目立つなら外しておけば良かったと花をはずそうとしたら、手首を優しく掴まれた。


「今年は白いバラなのか」


「毎年違うんですか? 白いバラも十分珍しいですけどね。高いですし」


 作り物の花や赤いバラびイメージが強すぎるだからだろうか。


「高いって私立に来る奴がバラの1本ぐらいで」


「私立だからこそ、節約出来る所はしっかりとしなくては、です。私の財布の中から買ったバラじゃないですけどね」


 そういうと、何故か先生は声を出して笑った。何かのツボに入ったんだろうか。


「あぁ。でもあの入学金を考えると、このぐらいは当たり前なのかも」


 私は元々成宮学園に来る気で、初等部からお世話になっているけど、それでもよくこんな高い高校に入学する気になるなぁ……って思ったっけ。

 幸い、両親も私たちをここに入れるつもりだったみたいだし。お金にも困ってない。だからこうして、私がここに立っているんだけどね。ゲーム補正みたいなものは感じるけど。


「ハッハッハッ。上がりか外部入学かは知らんが、奨学金の申し込みが今年はなかった。つまりそれをしなくてもここに入れる申し分のない良家の子女がそれを言うのか」


 ……ここの人たちは金銭感覚が庶民とは違うんだろう。それは散々見てきたし、聞いたりもした。

 私も一応は良家の子女という扱いになっているんだろうな。今までの生活を考えてみれば。初等部からだから随分慣れたけどね。

 それに、純夜の攻略相手だと思うと、別の意味で緊張感が半端じゃない。

 でも、それが表情に出ないのは、結果的に精神年齢がおばさんを過ぎつつあるからかな。だからどんなに見た目が良くてもそれに流されず、冷静に先生と話す事が出来てる。

精神年齢だけで考えるなら、武長先生ぐらいの子供がいてもおかしくはない。

 ふ。まだまだ坊やね──…じゃなくて。


「さっきの表情。凄く不機嫌そうに見えたんですけど違ったんですね。

 今は物凄く楽しそうに見えます」


 あれだけ怒ってイラついた表情に見えたのに。私がそう言うと、武長先生は表情を緩ませ、私の頭をくしゃりと撫でた。


「よくあれに気付いたな。確か名前は……」


 私のクラスの担任だから、先生の前でも自己紹介はした。新規に入学してきた人と担任の為の自己紹介。


「清宮璃音です。これからよろしくお願いします。それでは、そろそろ暗くなってきたので帰りますね。先生さようなら」


 今度はしっかりと逃げさせてもらった。でも、明日も会うから今帰れたからといっても安心は出来ないんだよね。





 そんな初っ端の頃から武長先生と仲良くなっちゃったから、どの表情がどんな感情かがわかるようになったんだよね。


「お前は相変わらず俺の事がわかるなぁ」


 不機嫌そうに見えてそうではない優しい表情を浮かべ、先生は私の頭をくしゃりと撫でた。

 ……先生も相変わらずですね。





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