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伝わらない・1

「璃音ー。放課後にケーキ食べて帰らない? ちょっと相談したい事があるんだよね」


 こそっと小声で話しかけてきたのは、私の友人の佐野真美ちゃん。一年生の時は週1で放課後遊びに行っていたんだけど、進級したら塾が増えたらしく、久しぶりの寄り道だったりする。


「ん。いいよー。久しぶりに真美ちゃんと話したいしケーキも食べたいし」


 普段から明るく、頭の回転が桁違いに早い自慢の友達。親しくなると、無表情からこのほんわかとした笑みを見せてくれるんだよね。

 一度も染めたことのない黒の艶やかな髪を後頭部辺りで一まとめに縛り、細い銀フレームの眼鏡をかけているんだけど、それだけじゃ隠せない程切れ長の綺麗な瞳。これぞまさしく美人という。

 親友レベルには達していると思うんだけど、普段から余り人を頼らない真美ちゃん。その真美ちゃんが相談を持ちかける事態珍しいは珍しいんだけど、今回のはちょっと雰囲気が違う気がする。


「それじゃーいつもの所でいい? 新作も出たし」


「うん。OK。新作楽しみー」


 あそこのケーキはすっごく美味しいんだよね。毎回違うケーキを試してみて、全種類制覇したのはあのお店だけ。

 放課後のケーキは楽しみだけど、先に純夜にメールを打っておかないと後々怖い事になる。直ぐに了解って返事が届く。最後の一文は気になるけど、私が下手に干渉しても怖いから、何も言わずに静かに携帯を鞄の中へしまった。

 あぁ、でも新作のケーキってなんだろう。気に入ったら家族にお土産でも買っていこう。財布の中身はまだまだ余裕だったから。

 となると、今日はお茶を買うのは止めておこう。財布には五千円が入ってたから余裕だとは思うけど、後々の事を考えてね。水筒は持ってきてるし大丈夫だよね。




 放課後が楽しみ過ぎて少しはしゃいでいたのか、突然出てきた障害物に顔面をぶつけてしまう。大丈夫。筋肉だったから少し固かったけど、壁にあたるよりは全然マシ。


「お前な……」


 目の前には説教したいが全力で我慢してます的な表情を浮かべている武長先生。


「どうしました?」


 はて。怒らせるような事をした覚えはないけど。

 宿題は提出したし、遅刻も早退もしてない。

 うん。身の状態は潔白そのもの。

 だからワケがわからずに首を傾げながら言葉を口にすると、武長先生からかなり長い溜息が漏れた。

 あれ? 今日返ってきたテストも問題ない点数だと思ったけど、なんだろう。溜息の理由が全く思いつかない。


「この傷……いつつけたんだ?」


 先生に額を指差され、この事かと漸く納得出来た。その表情を見た先生からは更に溜息が吐き出されたんだけどね。


「三日前ですけど、大丈夫ですよ」


 絆創膏は目立つから、使ったのは傷用の軟膏。匂いはないから大丈夫だと思っていたんだけど、先生に言わせると相当匂うらしい。

 ……席の近い人には謝っておこう。そこまでとは思わなかった。


「先生も心配性ですね。痛みはないから本当に大丈夫ですよ」


 若い回復力をあてにしていたら、本当に回復が早かった。

 若いというだけで素晴らしいと思ったのは、私の元がアラフォーだからだろう。


「何でその時にこなかった?」


「何でって……冷やすもの。傷薬。絆創膏。包帯。ガーゼ。消毒液を持っていたので、教室で処置出来たんです」

 

 だから大丈夫といえば、先生の表情は苦々しいものへと変わった。

 あぁ。純夜との大切な邂逅が減っちゃいましたね。そういえば。その辺りは残念ですね、しか言えないけど、昨日は水守君の一人勝ちでした。


「ご心配ありがとうございます」


 一応心配してくれているという事で、頭を下げておく事は忘れない。さて、そろそろ次の授業だから教室に戻らないと。


「あれ? 先生、眉間の皺が凄い事になってますよ。それ、癖になっちゃいませんか?」


 トントンと自分の眉間を人差し指で叩く。


「お前が怒らせるからだろ」


「そうですか? 先生の気のせいですよ」


 外見は確かに17歳だけど、中身は既に先生以上。ついついからかうようにしてしまうのは、その所為かもしれない。

 なんたって先生は25歳。私が死んだと思われる年よりもずっと下。先生の事を応援していないわけではないけれど、今の所は皆平等に応援している最中なので、先生だけを特別扱いはしない。

 純夜が先生を好きって言ったのなら、特別扱いに切り替えるけどね。けど、まだ誰もその特別の中には入っていない。だから公平に。平等にするしかない。


「そんな先生に飴を贈呈しますね」


 先生の手に押し付けたのはミルク飴。


「カルシウムをとれ、という事か?」


「眉間の皺、取れるといいですね」


 やっぱり若い先生なだけあって、思った事がすぐ態度に出る。


「それでは先生。授業には遅れたくないので行きますね」


 にっこり笑顔で言い切り、先生の横を通り過ぎた。


「あぁ。ちゃんと勉強してこいよ」


「勿論です。勉強は大好きですから」


 先生の横を通り過ぎた時、髪に触れられたような気がしたけど……ごみでもついてたかな。澄ました表情カオで通り過ぎたのに恥ずかしっ。






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