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十六,入居者再募集

 オーナーの安宅さん宅。縁側を開け放した応接間にオーナー夫妻と、一平社長と平山管理人、芙蓉と四元奈緒、紅倉が、畳八畳にかなり暑苦しく詰まっていた。紅倉は縁側でスイカにかぶりついて喉を潤している。おのおの夫人に出してもらったスイカを食べながら、紅倉のおしゃべりが再開されるのを待っている。

 ぺろりとスイカの汁で汚れた唇を舐めて、紅倉がしゃべりだした。縁側からは青々したモミジやツバキの木の向こうにアケボノハイツが望めている。紅倉が口を開くのと同時にどこかの電柱にでも張り付いてうるさく鳴いていた蝉がぴたりと静かになった。

「霊道が通っていることによっておかしくなっていたマンションの住民の状態は改善されました。何年ぶり、人によっては何十年ぶりかにびっくりするくらいすっきりした気分になって頭の働きもクリアーになっているはずですから、部屋のリフォーム、それに伴う家賃の引き上げを切り出すなら、今がそのタイミングです」

 ご主人が訊いた。

「それは願ってもないことですが、霊道という物が通っている限り時間を置けばまた元の状態に戻るということですよねえ?」

 紅倉はうなずく。

「それは仕方ないことですね。皆さんだって、ここからお引っ越ししない限りはいずれお世話になる大事な道ですよお?」

 特に高齢者にはあまり笑えない冗談だが、まあ、その通りなのだろう。

「霊道には少し移動してもらいましょう。屋上なんて、一般の人が上がることはないですよね?」

 平山が答えた。

「昔は誰でも自由に出入りしていましたが、今は管理が厳しく言われるようになって、ドアに鍵を掛けて、わたしが管理しております」

「けっこう。霊道とも違いますが風水が盛んな大陸の方では、香港のビルなんか最初からわざわざど真ん中に龍道、龍の通り道、つまり自然の気の流れを通すための『穴』をでかでかと開けて建設したりしていますよね? こちらの五〇五号室もいっそ取っ払ってベランダと玄関を吹き抜けにして道を確保してあげれば霊が引っかかってマンションにとどまってしまうようなこともなくなると思うんですが……、通路を利用する人には不便というか、不気味でしょうからねえ、やっぱり霊道に移動してもらいましょう。ちゃんと霊道側から動いてくれるように誠意をもって誘導しなくちゃ駄目ですよ?祟られますからね。

 屋上に、トンネルのオブジェを作りましょう。人が十分余裕を持って通れる幅の。周りに、それこそ龍の飾りでも付けましょうか? ま、それはまた専門家と相談してください、いかにもありがたそうで思わずくぐりたくなるような物をね。わたしの受け取るギャラにその顧問料も含めましょう。これもタイミングを逃さず、霊道の悪影響がまた出てこないうちに、早めに取りかかりましょう。屋上にそういうオブジェがあっても、ま、風水の龍道を通すためだと言えばイメージもいいでしょう。何しろ今は韓流が大流行ですからねえ、風水も盛んでしょ? かえって人気が出るかもしれませんよ?

 今いくつかお引っ越しして部屋が空いてますね? 部屋のリフォームをするならまずそこから。順次他のお部屋も、リフォーム中はリフォーム済みの空き部屋に移ってもらって、そこが快適ならリフォームプラス家賃値上げも文句はなくなるでしょう? 全室のリフォームが終わる頃には空き部屋の新しい入居希望者も現れているでしょう。

 と、こんな感じで、いかがでしょう?」

 紅倉はニッコリ、プレゼンを済ませ、オーナー夫妻も感心して嬉しそうにうなずいた。

「何から何まで、ありがたいことです」

「いえいえ、どういたしまして。ギャラの金額は納得いただけました?」

「はい。リフォームと併せて十分元が取れますわ」

「それはけっこう。お喜びいただけたようで、よろしかったですわ」

 電信柱の蝉が、もういいですか?、とまた元気に鳴き出した。




 後日談であるが、

 アケボノハイツ全室のリフォームは順次行われていき、それに伴ってだいぶお家賃もアップされたが、住人から特に文句も出なかった。どの家もその程度の金額に固執しなくてもよい経済状態にあったし、健康な日常生活を送れる快適さを知ったからだ。

 屋上には龍が取り巻く真っ白な石造りのきれいなリングのオブジェが建てられた。紅倉の見立てによれば無事に霊道は五〇五号室からこちらにお引っ越しが完了したそうである。ただし生者はこのリングをくぐってはならないときつく禁じた。はっきりと死者のための道とキャラクターが定められたので、生者がくぐると死者の怒りを買い呪われると言うのだ。その点は間近に結婚式を控えた平山がしっかり管理していくだろう。彼の一〇一号室が一番最後にリフォームされ、夫婦の新婚の新居となる。

 さて。

 芙蓉がお気に入りの四元奈緒であるが。

 彼女は面接に訪れた某老舗和菓子店で、彼女はお店に立つ前に、出入りの花屋の若旦那に見初められ、花屋さんという女の子憧れの職業と、凛々しいなかなかイケ面のお花のプリンスに、奈緒もすっかり心惹かれ、これはめでたいと和菓子屋夫婦の仲人でさっそく結納が結ばれた。来年春に挙式だそうである。

「今度は奈緒さんの霊感も正常に働いたようね。きっと美男美女、お似合いの仲良し夫婦になることでしょう」

 芙蓉から報告を受けた紅倉はよかったよかったと笑顔でうなずいたが、報告した当の芙蓉は面白くない。

「あーあ…、男の物になんかなっちゃうんだあー……」

 とため息をついた。

「もったいない」

 紅倉はいい気味だと薄く笑った。


 五〇五号室には新たな住人が入ったそうだが、今のところ白い影が見えるといったような苦情は寄せられていないようだ。



 終わり。


 二〇一一年七月作品

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