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十一,物件拝見

 アケボノハイツへ向かう途中に郷州寺があった。河童公開から二週間、まだまだ人気は続いているようで、多くの人が門を出入りしていた。顔出しして人気者ぶりを味わうのもいいが、出入りしているお客さんはほとんど中高年のようで、若い女の子が見当たらないので芙蓉は興味をなくしてそっちへ行かずにさっさと枝道をもう一本先の道へ抜けてお寺の裏手を通り過ぎた。

 郷州寺から十分ほど歩いてアケボノハイツに到着した。

 紅倉芙蓉は先に駐車場の向こうに住むオーナー夫婦に紹介された。安宅(あたか)さんという夫昌之助(しょうのすけ)さん六十八歳、妻光子(てるこ)さん六十一歳のご夫婦だ。

 一平社長から紅倉芙蓉を紹介されてオーナー夫妻は品のよい顔に困惑を浮かべて挨拶した。

「やっぱりそうなんでしょうかねえ? あの部屋だけねえ……。また出て行かれてしまって、まあ他はみんな埋まっていますからそれほど困りはしないんですが、これだけ居着かれないと、やっぱりいい気持ちはしないですからねえ。今度ははっきりお化けが出たって大騒ぎになっちゃって、外聞もよくないですからねえ」

 と、評判が落ちるのも困るし、それ以上に気味悪がっているようだ。夫婦の家は二階建てのごくふつうの家だ。特に贅沢をしているようにも見えず、現状の家賃収入で日々生活できていることに十分満足しているようだ。

 紅倉が尋ねた。

「ご夫妻は、お子さんは?」

「息子二人と娘一人がおりますが、皆独立して家庭を持っております。孫を連れて遊びに来るのが楽しみですよ」

 と、夫婦揃ってニコニコした。

「なるほど、よろしいですねえ。では、将来的にはこのマンションはどなたがご相続を?」

「土地建物は長男が相続して、代わりにマンションを会社化して収益を兄弟に配分する約束になっています」

「まあ準備がよろしいですわねえ? ちなみに、三人及び家族の仲は?」

「皆仲良くやっていますよ?」

「それはそれは、ますますけっこうなことですわねえ」

 それが怪現象の原因なのだろうか?と、なんだか上手いこと言って財産を巻き上げる新興宗教の類ではないか?、と夫婦に少し警戒が現れた。紅倉はニコニコまるで関知せず。

「でももうずいぶんくたびれてますよねえ? ああ、もちろんマンション」

「そう…ですねえ……」

「息子さんたちに財産を相続させるに当たって、いっそきれいに建て替えようという気はありません?」

「いやいや、わたしたちにはもうとてもそんな財力は。やるなら息子たちが自分たちで相談してやればいいですよ」

「まだ譲る気はない?」

「いやいや、まだまだ、譲る気はありませんよ」

 旦那さんは笑って手を振り、

「こっちもまだまだくたばる気はないですし、それぞれちゃんと勤めておりますからね、まだまだ若いうちからマンション収入で左うちわなんて贅沢、させられませんわ」

 と奥さんと二人顔を見合わせて笑った。

「そう。ではもう二十年くらいしっかり働かせて、お金を貯めさせて、すっかり資産価値の落ちたぼろマンションを相続したら、取り壊して新しい物を建てればいいと、そういう計算になりますか?」

「ちょうどよろしいでしょう?」

「理想的ですねえ。すると、あと二十年はこの建物に頑張ってもらわなくちゃならないわけですね?」

「そうなりますねえ」

「このまま?」

「そうですねえ……」

 旦那さんは渋い顔をした。

「いずれ改装はしなくちゃならないと思っているんですが……、なかなかタイミングが掴めませんでしてねえ」

「それは、住民たちの問題で?」

「ええ、まあ……」

 旦那さんはマンション経営の内情を明かすことに迷いがあるようだったが、一平社長の紹介である紅倉を信用して話すことにした。

「正直に言いますとね、そろそろ家賃の方を、少しばかり、値上げしたいと前々から思ってはいるんですよ」

 だいぶ控えめに言っているが、実際はかなり強くそれを望んでいるようだ。

「ここは立地がよくて、近年表通りの再開発も進んでいますからね、もっと値上げしてもいいと思うんですよ。実際周りのマンションは軒並みうちよりうんとお高いですし、ちょっとしたアパートでもうちより高い家賃を取ってますよ。それでも入居者がいるんですから今や人気の土地なんです」

 好々爺で慎ましやかに暮らしながら、やはり心の内にだいぶ不満が募っているようだ。紅倉が訊いてやる。

「それをなかなか住民たちに切り出せないと言うのは?」

 旦那さんは恨みがましい目で紅倉を見て、あきらめたように言った。

「それが、例の五〇五号室ですよ。あそこが全然人が居着かないで、なんとか人に入ってもらおうと安い家賃に抑えているものですから、他を上げるわけにはいかないんですよ。そういう話をし向けると、五〇五号室のことを持ち出して、自分たちはこんな気味の悪いところに住んでやっているんだから感謝してもらわなくちゃならない、みたいなことを言って逃げるんですねえ」

 と、はあーー………、と深いため息をついた。

「失敗でしたなあ」

 と一平社長が頭を掻いた。

「リフォームしたときに思い切って値段を上げてしまえばよかったですなあ。そうすれば他の部屋の家賃も上げることが出来ましたですがねえ。でもそれで人が入らなければほら見たことかとまた言われるでしょうし、いやはや、たちが悪いですなあ」

 住人たちの悪口に一平社長はおどけて肩をすくめて見せた。

「たちが悪い、ですねえ……」

 紅倉も可笑しそうにクスクス笑った。オーナー夫妻の方はあまり笑える話でもなく。

「先のことを考えますとね、住人の皆さんにも気持ちよくお暮らしいただくためにも、改装の潮時だと思うんですよ?」

「リフォームにも反対なんですか?」

「それはそうですね、リフォームすればさすがに家賃を上げられても文句は言えませんでしょう?」

「ふうん、そうでしょうねえ。実際のところはどうなんですか? 生活していて、何か問題は?」

「住民の方からは何も言ってきません。ただですねえー……、我慢……してるんじゃないかと思うんですよ? あまり大声では言えないんですが、五〇五号室をリフォームした際、何か有毒物質でも出てるんじゃないか?っていう疑いもありまして、壁板を剥いで壁の内部や、床下、天井裏をかなり徹底的に調べたんですよ。そしたら特に有害物質というのは出ませんでしたが、湿気とかびはやっぱりかなりひどくてですね、他の部屋もそうなんじゃないかと思うんですよ? ちょっとした模様替えなんていうんじゃなく、この際お部屋は全部改築するくらいの工事をした方が、これからまだ二十年、二十五年、使うつもりでいますんでね、住民の方にとってもその方がいいと思うんですよ?」

 と、旦那さんは住民たちの態度のままならなさに恨みがましく言った。

「ふうーん……」

 紅倉はあごに指を当て小首をかしげるお得意のポーズを取った。

「そんなにひどい湿気やかびと同居してまでお家賃の上がるのを阻止したいのかしらねえ?」

 一平社長は

「先生がそれをおっしゃられますかあ?」

 と呆れて横目で睨んだが、紅倉は無視。

 ニッと笑い。

「それでは商売のお話を。美貴ちゃん」

 紅倉は芙蓉にごにょごにょ耳打ちし、

「社長さん、電卓貸してください」

 と、芙蓉は一平社長からいつも持ち歩いている電卓を借り、ぽちぽち数字を打った。

「こんなところでいかがでしょう?」

 打った数字を見せられて一平社長もオーナー夫妻も「うっ」と青くなった。一平社長が代表して。

「先生。これはいくらなんでもあこぎじゃありませんか?」

「そお〜お?」

 紅倉は思いきり不満そうにしたが。

「それじゃあ」

 と芙蓉にごにょごにょ。芙蓉は数字を打ち直して三人に見せた。三人はまだ納得が行かず、社長と旦那さんは腕を組んでう〜〜〜むと唸った。

「先生、もう一声、いや、二声三声ほど……」

「ええ〜〜〜〜、しょうがないなあ、もう」

 と再び修正。

「これでどうだ! これ以上は負からないわよお〜?」

 社長と旦那はまだう〜〜むと顔色を悪くした。一平社長が言いづらそうに。

「先生……。これでもまだお高いかと……。相手はお年寄りでもありますし、もうちょっと温情を見せてですね、サービス価格をご呈示願いませんかねえ?」

 紅倉はブー、と口を尖らせた。

「ずいぶんサービスしてるわよお? ちょっとわたしの仕事を舐めてるんじゃないい?」

「いや、それはまあ、先生みたいな特殊なお力を持った方でないと出来ないお仕事なんでしょうが、相場ってものがございますでしょう?」

「お得価格だと思うんだけどなあ? いい?じゃあ説明してあげるけど。このままだとオーナーさんたちはこの建物がぼろぼろの廃墟になるまで住民たちにぼったくられ続けるわよ? 困るでしょう?」

「それは困りますが……」

 品のよい老夫婦が困って顔を見合わせた。

「ですから先生に五〇五号室さえなんとかしていただけましたら……」

「それは、無理」

 紅倉はあっさりさっぱり言った。説明する。

「ここね、霊道が通ってるのよ。霊道ってね、霊の道、死んだ人があの世に向かうときに通る道ね。それが、五〇五号室を通ってるんだけど、それだけじゃなくって、今やマンションの全室に霊道からはぐれた霊たちが住み着いちゃってるのね。住人たちはみ〜〜んな、その霊たちに取り憑かれちゃってるわけ」

 クライアント三人はマンションを見て総毛立った。紅倉はニッコリ笑って言った。

「これがほんとのホーンテッド・マンション。なんちゃって」

 オーナー夫妻は紅倉にマンションの浄霊を依頼することに決めた。

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