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十,紅倉登場

(※これは「呪殺村」の前の年の話です。)

「こんち。一平不動産でございます。やあやあ先生、この間の市報(※近所で出土した河童のミイラを「本物」と鑑定して新聞折り込みの市報に載った)、見ましたですよ。いやあさすが写真写りが良くていらっしゃる。いえいえ、実物の方が更に美しくていらっしゃいますなあ!」

 玄関先で一平不動産社長の一平氏は応対にしゃしゃり出てきた紅倉にべらべらお世辞を述べ立てた。芙蓉(※芙蓉美貴=フヨウミキ。紅倉のパートナー)が先に出てきて、相手が一平社長だと分かると面白がって紅倉(※紅倉美姫=ベニクラミキ。出演番組が潰れて都落ちした霊能力者)も出てきた。一平社長は汗をかきながらそうっと二人の間の奥を覗き見て、

「あのー……、もうお一方は?…………」

 とこわごわ尋ねた。

「呼びましょうか?」

 紅倉が言うと、

「いえいえいえいえ! けっ、けっこうでございます!」

 慌てて手を振り、紅倉は意地悪にニッコリ笑った。(※紅倉の借家には女の幽霊が用心棒として住み着いている)

「で? 今日はなんの用ですか?」

「はい、それなんですが。市の広報誌にお載りになる先生の霊能力者としての実力を頼みましてですね、是非ともご相談をお願いしたくですね、参上いたしました次第でございまして」

「んじゃあ、上がってお茶でも飲みながら」

「ああ、いや、お誘いはありがたいんですが、そのお……」

 一平社長は謹んで辞退した。

「少し歩きますが美味しいコーヒーを出すお店があるんですが」

「コーヒーはあんまり好きじゃない」

「紅茶と、ケーキもございます。なかなか評判はよろしいですよ? 今の時間ならまだすいてますと思いますですが?」

「それじゃあご馳走になりましょうかしらねえ?」

 可哀相に一平社長はすっかり紅倉のたかりのターゲットにされてしまったようだ。土曜の、午前のことである。



 喫茶店で一平社長が話したのが自分の店が入居者募集の宣伝契約を受け持つ物件の不可解な状況だった。

 もちろん、

 アケボノハイツ 五〇五号室

 のことである。

「いやあーー……、何故か住人が居着かないんですなあー………。また一家族、逃げられちゃいましてね、今回はたったの三週間。それも奥さんと娘さんは先にご実家に逃げ出したようで。もうちょっと頑張ってほしかったなあー……」

 芙蓉が呆れた。

「またそういうお話ですか? あなたの所はそんな物件ばっかりですねえ?」

「ばっかり、とは失礼ですなあー。お宅様とここと、二件だけです。それも、他で扱いたがる不動産屋がなくって、おまえんところはついでだろう?と、お宅のついでに、同業者に押し付けられたんですよお?」

 一平社長は芙蓉に恨みがましく言い、また何かイチャモンを付けられるかと紅倉の顔をこわごわ窺った。

「いいじゃない? 新規契約者が現れればまた仲介料が入るんでしょう?」

「まあそりゃあそうですが……。そうそう幽霊物件ばっかり紹介して評判を下げてもいられませんや」

 賃貸マンション一件当たりの紹介料なんて大したものでもなく、どうやら本音のようだ。ところでたかりの紅倉は大好きなミルフィーユを美味しそうに頬張っている。まだ新しいピザが本業のレストランで、丸太を使った北欧風の暖かみのある内装で、落ち着いて、よろしい。銀髪の欧州ハーフの紅倉はとてもよく似合う。まだお昼前でちらほらしか入っていないお客さんもあれ?という風に覗き見ている。芙蓉は、

「で? どんなお化けが出るんです?」

 と訊いた。芙蓉もちゃっかりチョコレートケーキと紅茶のご相伴に預かっている。

「いやあー……、出るとか出ないとか……、なにしろ相手はお化けですからなあ、いるともいないともはっきりしませんで…………………。はい、今回は中年の包丁男と、髪の長い血まみれ女と、その他巡礼の方々が団体さまでお出になったそうです…………」

 何やら不満そうな一平社長の顔に、芙蓉は重ねて訊いた。

「ずいぶん出たものですねえ? まるでお化け屋敷みたい。今回は、と言うことは、それまでは? また別のお化けたちが?」

「いや、そういうわけでは……。ですからねえ、お化けですから、出たとか出ないとか、そこまではっきりした話にはならんのですよ。何か気持ち悪い、何か白い物が見えたような気がする、なんだか体の調子がおかしいがその原因がはっきりしない、といったことが続いて、皆さんノイローゼみたいになっちゃうんですなあ。まあー…、たいてい二、三ヶ月くらいで皆さん出ていってしまわれますなあー…。そういう話じゃあ……、ねえ?、だからなんだ?ってことで、わざわざ…宣伝するようなことでも…ありませんでしょう?」

 最後の方は言い訳じみているが、確かに、はっきりしない現象に、原因も分からないのでは、わざわざ悪い噂程度のことを入居希望者に宣伝する必要もないか……。

 芙蓉は怪しみながら訊いた。

「何か原因はないんですか? その部屋で殺人事件があったり、住人が自殺したり?」

「ございません………よ。……いえね、亡くなった方はいらっしゃいますよ、一人暮らしのお婆さんが、ひっそりと。いえいえ、そのまま何日も放っておかれたなんてこともなく、翌日住人がお婆さんの顔を見てないのに気づいて、管理人に鍵を開けてもらって、早期発見いたしまして。死因は心臓麻痺だったそうですな。もう、ずいぶん前の話ですよ?」

「そのことを入居希望者には?」

「いや、言いませんが…。事故や事件じゃないですから言う義務もありませんし、昔のことですからねえー、もう、時効でしょう?」

「確かに、話にお婆さんの幽霊は出てきませんねえ? 他に隠していることはありませんか?」

「ありません、ありません。誓って、ございません!」

「本当にい〜? でも入居者は短期間でみんな出ていってしまって、居着かないんですね? お祓いとかは?」

「あんまり続きますんでね、オーナーさんが神社の神主さんに頼んでやっていただきました。言っちゃあなんですがあまり効果はありませんでしたなあー。高かったんですが。それで、お化けなんかの話じゃなくって、何か有害な物質でも出てるんじゃないかと、昨年その部屋を全面的にリフォームしましてね、専門業者さんにしっかり検査してもらったんですが、何も問題なしとお墨付きをいただきまして。それで今度こそと思っていたんですが……、けっきょくリフォーム後も早二組リタイヤで。しかも今回のご家族ははっきり見たとおっしゃっていて、これはもう……、観念して、先生におすがりするしかないかと思いまして」

 上機嫌でミルフィーユを食べ終えた紅倉が訊いた。

「そのマンションって、古いの?」

「ええ。築三十五年になります。法的に鉄筋コンクリートマンションの耐用年数は六十年と決められていますので、まだ余裕はありますが、やっぱりねえ?骨組みは頑丈でも、見た目は相当くたびれてますですなあ」

「ふうーん…、後二十五年は余裕があるわけね? じゃあ取り壊すのももったいない?」

「そりゃあもったいないです。いい立地ですからね、他の部屋はみんな埋まってます。人気のマンションなんですよ、その部屋だけ除いてね。家族で住んでらっしゃる所が多いですから、建て替えとなると……、対応が難しいですなあ」

「なるほどねえ。分かりました。

 場所は? あなたのお店の受け持ちなら、遠くはないんでしょ?」

「はい。ここからですと……、お若い女性の足を考えまして…、歩いて三十五分というところですか。なに、お車でお送りいたしますよ」

「いい。歩く。その辺りで美味しいお店は?」

「表通りにたくさんございますが……」

「じゃあ行きましょう。ギャラの相談は現物を見てからということで、よろし?」

「それはけっこうでございますが……、あの、先生? お家賃はサービスしておりますわけですから、そのお……、ほどほどに、負けていただけませんか?」

 紅倉はニッコリ笑って答えた。

「応相談。でも、わたしに頼んだ方が、結果的に得だと思うわよお?」

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