なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
婚約破棄されたけど、当分働きたくありません ~先輩は今でも先輩です~
顔だけはいい皇太子殿下が。
「ブラック侯爵令嬢マーラ! お前との婚約を破棄する!」
? なぜでしょう。このセリフ、どこかで……。
「お前のような冷酷かつ陰気かつ仕事しかしない女は、この光り輝く王国の王妃として必要ない!」
あ。これ、わたくしが文案書いたののままじゃないですか!
まさか、婚約破棄の文案を書いておけ、と言われて、それを破棄する相手に読み上げられるとは。
うわ。これは、まさか、次に。
「このオレにふさわしいのは、男相手になら誰でも股を開くビッチの中のビッチ! ハデラー伯爵令嬢サマンサだ! 調べてみればすぐわかることだぞ!」
ほんとうに言いましたわ!
まさかそのまま使うとは思っていなかったんで、ちょっと悪戯をいれてみたんですが……。
「殿下ぁぁぁ! ひどいです殿下! あたしのことをそんな風に――」
「いや、違うんだ! そんなことは思っていないぞ! オレは読んだだけ――」
わたくしは、十数年かけて磨きに磨いた礼儀作法で一礼すると、
「婚約の終わり、承りました! 婚約破棄承知しました! 婚約おしまい! あとの手続きはぜんぶお任せします!」
大事なことなので、三度言い方を変えて念押しして。
くるっと方向転換して、もう王子の婚約者でないので、限りなく走るのに近い早歩きでホールから逃げます!
前方から、すっと手が
「マーラ嬢! この時を待っ――げふぅっ」
手を差し出した形のまま、わたくしの進路上を、美男がひとり物凄いスピードでスライディングして横切って見えなくなりました。
気にしません。
誰が気にするものですか!
スパダリが現れようが目の前で国がひどいことになろうが、当分は働きたくありませんので!
すると、正面に立ち塞がる人影! またも美男。冷血ナントカとか綽名がついてそうな美形。
「マーラ令嬢。ロンサム帝国の第二皇太――ぎゃぁぁぁぁ!」
いきなり、人ごみから足がぬっと出て来ると、皇太子の脇腹を蹴り飛ばしてくださいました。
コータとやらは、手を広げた形のまま、横にスライドして消えました。
ばーんと、夜会会場の扉が開き。
わたくしはそこから飛び出しました。
「こっち!」
正面出口へ続く大回廊の脇から声。
迷わずそちらへ。
「この通路は?」
「使用人用」
わたくしの先を行く黒いフードで全身を覆った人影が簡潔に答えます。
「どうして、こちらへ?」
「正面扉前の車寄せに、スパダリ3号が、待ち伏せてる」
「行き届いた事前調査ありがとうございます。あと変質者の処理も」
案内してくれているのは、わたくしの2年先輩であり友人。
ピッカートン男爵令嬢エミリアです。
今ではS級冒険者エミリアですが。
そしてわたくしにとっては、エミリア先輩です。
「ふたりぶんの手間賃、あとで寄越せよ。賭けは私の勝ちだな」
「まさか、あんな形で実行するとは思っていなかったですわ」
わたくし仕事してばかりでしたし。
あのバカは、仕事を押し付けて来る時以外は顔も見せませんでしたし。
ですけど、わたくしがほぼ全ての仕事をしてたんで、そんなわたくしを捨てるとは……。
まぁ、どういう形であるにしろ、婚約が今夜なくなると予想していたので、驚きはあんまりありませんが。
「言ったろ。バカはなにするかわかんないって……あ、こっちから出るとまずい」
「どうして、ですか?」
「お前が仕事できるって知ってるスパダリ4号が馬車止めて待ってる」
「あら。わたくし人気者ですのね」
「そりゃ有能だからな。冒険者界隈でも有名だぞ」
ギルドから来る書類もわたくしが処理してましたものね。
先輩と再会したのも、ギルドの使者として彼女が来たからでしたし。
「有能だからだけですの?」
「あいつら、お前と会話したことすらろくにない奴らだぜ――こっちだ!」
廊下を導かれるままに、曲って曲って曲って。
人けのない方へ出ました。
「どこへ向かってるんですか?」
「こっちに誰も使っていない門がある」
「え。あの門。閉鎖されてますよ。命令書も出てますし」
「実行されていないぞ」
「……誰も見に来ないのをいいことに、放置してますのね!」
わたくしは担当者が誰だったかを――
「もう担当者とか考えるな」
「……あ。言われてみればそうですわね。まだかなり距離がありますわね。ちょっとお待ちになって」
わたくしは、夜会用の高い高いハイヒールを脱ぎ捨て、足にまとわりついてくるドレスの裾を――
エミリア先輩が、手早く切り捨ててくれました。
「よくおわかりですわね」
「お前って、昔から思いっきりがいいからな」
廊下を抜けて、鍵穴が壊された小さな扉を押し開けると、外です。
噂の門が見えてきました。
「馬車をとめてある」
「……荷馬車ですわ」
幌がついてるだけの、箱みたいな馬車です。
「貴族の馬車なんか、捕まるだけだろ」
「それはそうですわね」
先輩が御者台に飛び乗り、わたくしは箱に乗りました。
「まったく。貴女が殿方であったら、恋のはじまりですのに」
「私が男だったら、面倒にしかならないだろ」
「どうして」
「あのな。男が女とふたりきりで、内面まで紳士とかありえないからな。最初は能力でも次はカラダだ。同時ってのもよくある」
「流石は、婚約者に2回逃げられて、結婚したけど離縁された人の言う事は違いますわね」
それで、実家から見捨てられ。
43も上の、ヒヒジジイのところへ嫁がされそうになって。
冒険者になってしまっただけのことはありますわ。
「経験が豊富だと言ってくれよ」
「言ってますわ」
「どう聞いても言ってねぇよ! で、これからどうすんだよ?」
「実家には戻りませんわ」
王家と縁づいていないわたくしなど、父にとっては無価値ですもの。
「賢明だな。お前のパパ侯爵は次に好条件で釣り書きをよこしてくる相手なら、誰にでもお前を売り飛ばすぞ」
「ええ。よくわかっております」
「なら、どうすんだよ。アテはあるのか? 仕事くれそうなスパダリとか、お前ならより取り見取りだよな」
「わたくし、当分、働きたくありませんの」
「……そうなのか?」
「ええ。誰のためでも」
「そっか……」
エミリア先輩は、ちょっと笑って、
「お前さ、冒険者としてもなんとかなりそうだからさ。誘おうと思ってたんだけど」
実は、学園生時代。
こう見えて、わたくし『冒険者倶楽部』に所属しておりましたの。
A級冒険者の資格をこっそりとっていた先輩に刺激されて。
実家に内緒で試験を受けてみたこともありますのよ。
準備が付け焼刃でしたがB級のヒーラーに受かったのはよい思い出ですわ。
「受けますわ」
「……働きたくないんじゃないのかよ」
「あなたの誘いを受けますわ。ですが当分、あなたのお世話になって怠惰に暮らしますわ」
「私に金なんかないぞ」
「ありますわ。だって、あなた賭けに勝ちましたもの。ですからすでに、あなたの口座に振り込んでおきましたわ」
エミリア先輩は絶句し。
「……お前」
「ですから、先輩は今、大金持ちですわ」
「何日前に振り込んだんだよ」
「一週間前ですわ。先輩はおおざっぱですもの。一ヶ月に一度ツケが払えるかどうかくらいしか、残額などチェックしないのでしょう?」
もちろん、金の流れはばれないように、操作してあります。
エミリア先輩は笑い出しました。
冒険者倶楽部で、A級資格をとっていた先輩は彼女でしたから。
「……参ったな。やっぱりお前は頭がいいや」
「おほめにあずかり恐縮ですわ」
「だが、言っておく私の金だ」
「存じております」
「お前のために一銭だって使う必要はないんだぞ」
「そうですね。かわいい後輩のために使う義務はありませんわね」
わたくしは飛び切りの笑顔を浮かべて、先輩をじーっと見ました。
先輩は、しばらく、うーとかあーとか唸っていましたが。
「……あーもう、お前って、私にだけはねだるのうまいよな学生時代から」
「だってかわいい後輩ですもの」
他の先輩には、こんな風に甘えないんですのよ。
気づいていらっしゃらないみたいですけど。
「その手で、冒険者の資格試験を受けるのにも協力させたよな」
「いい思い出ですわ」
「……負けたよ。かわいい後輩の頼みは断れないからな」
そういって苦笑しつつも、わたくしを甘やかしてくれる表情は。
わたくしが学生時代あこがれていた先輩のままでした。
おまけ。
半年後。
「お前……いつから働くんだよ」
「まだお金はいっぱいあるはずですわ」
「私の金だけどな!」
「そろそろ……でしょうか?」
「疑問形だな!」
「でもまだ、先輩と見に行っていない名所旧跡観光地がいっぱいありますわよ」
「半分は冒険者じゃないといけない場所だけどな!」
「観光地へ行くたびに、宝箱からお宝をゲットして、先輩の口座がますます増えていきますわね」
「お前……今、試験を受けたらSS級のヒーラーで、SS級のスカウトなんじゃないか?」
「そういう先輩も、SS級のファイターで、SS級のディフェンダーになってると思いますわよ」
「お前が変なところばっかりに行きたがるから鍛えられちゃったんだよ!」
「そういえば……未踏破のダンジョンを次々と踏破している謎の女二人組とか言われてるらしいですわね」
「趣味が悪いんだよ趣味が! 途中の宝箱全無視して、ボスのところへ一直線」
「だって観光ですもの」
「そして記念に、ボスの宝箱だけ開けて中身を記念にもらうとか! 他のS級パーティが辿り着いたら泣くぞ! というか現に泣いてるらしいぞ!」
「ですから観光ですもの」
「お前、ギルドに登録しろよいい加減に!」
「それでは観光になりませんもの。それにすでに先輩もギルドの仕事なんてしてませんわよね?」
「お前が言うな!」
「それに、少しは働いてますわよ。趣味で。先輩の口座管理とか料理とかお世話とかしておりますわよ」
「……別に世話されんでも生きてたんだけど」
「毎日のマッサージとか、お風呂の準備とか、ベッドメイクとかもしておりますわよ」
「……なんか私、着々とダメ人間にされてるような」
「仕事の期日と、武器と道具の手入れと、日々の鍛錬以外は、何もかもいい加減。汚部屋でいつ洗ったのだか分からない服の山に囲まれて平然と暮らしていた人こそダメ人間ですわ」
「う……」
「世話されたほうが快適ですわよね」
「うう……」
「まったく、先輩は昔から放っておけないんですから」
「お前もな!」
おまけのおまけ
3年後
「先輩。一緒に暮らし始めて3年目ですわね」
「もうそんなになるか……」
「3年にもなると新婚さんとは言えませんけど、これからも末永くよろしくお願いしますわね」
「え、あ、いや、そりゃ、追い出す気とかないけど……誤解を招く表現をするなよ!」
「誤解なんかありませんわ。朝も夜もお風呂も一緒なんですもの」
「どうしてこうなった……」
「昔、先輩が仰っていた通りになりましたわね。女と女がふたりきりで内面まで紳士とかありえない。最初は能力でも次はカラダだって」
「え? 私が言ったセリフと微妙に違うような……」
「実際、わたくしの能力をさんざん使っておいて、今ではわたくしのカラダまで……きゃっ」
「そ、それはお前の方だろうが! わ、私は健全な冒険者ライフを」
「不健康で不摂生な冒険者ライフより、あつあつ夫婦の健全観光ライフの方がいいですわよ。先輩は、今の生活がおいやですの?」
「……お前ずるい!」
「で、先輩! 結婚記念日にスペシャルな観光地へ行きたいんですよ!」
「……くぅっ。その目をされると断れない自分がうらめしい!」
「実は、新しい観光地ができたみたいなんですよ! そこ行きたいですわ!」
「観光地ってそんなに簡単に湧き出るもんなのか?」
「なんでも定期的にでてくるそうですわ」
「悪い予感がする」
「魔王城っていう名前なんですよ。ファンタジーでワクワクしますわね!」
「なんで観光地みたいに言ってるんだよ。確かに定期的に出て来るもんらしいが」
「わたくし、まだ行ったことがありませんもの。行ってみましょう」
「私も行ったことはないが……いや待て。魔王城だぞ?」
「観光ですわ」
「観光じゃねぇよ!」
「まだ見ぬ名所ですわ。行きましょうよ先輩。せんぱぁい♪」
「……はぁぁ。しょうがないなぁ」
「わぁ! ちょっと強そうな従業員さんが出てきましたわ」
「貴様ら、何者だ!」
「観光客ですわ」
「すまん。そういうことになってるんだ」
「ウソをつくな! 貴様らSS級冒険者だろ!」
「登録しておりませんもの」
「私は一応登録してあるんだが……まだ資格あるのかな?」
「2年ごとの試験を受けていないので、失格したと思いますわ」
「なんてこった!」
「冒険者でもないくせに何をしに来た!」
「観光ですわ」
「まぁ……そうとしかいいようがないな」
「ふざけた奴らめ」
「先輩! すごく豪華な広間につきましたよ! ここが一番奥みたいですわね!」
「多分な。魔王の間だろ。ほら、あそこにいる」
「人間よ! よくぞここまで――」
「きゃぁぁl! 本当の魔王ですわ! わたくし初めて見ましたわ!」
「え。あれか? なんか弱そうだぞ。さっき倒したのと五十歩百歩だろ」
「き、貴様らか! 我が四天王を瞬殺した勇者どもは!」
「「ただの観光客です」わ」
「問答無用! ここで貴様らの旅は終わりだ! 勇者と言っても所詮は人間! ……って、おおおお前ら何級だぁぁSS、いや、えすえすえすえす……ぎゃぁぁぁぁぁ」
「気の毒なくらいよわかったな」
「観光地の従業員さんたちですもの」
「……まぁそういうことにしておくか」
「うわぁ宝箱ですわ! どれもキラキラしてて素敵ですわね。どれを記念にもって帰りましょうか?」
「お前が好きに選べよ」
「ふたりの観光記念ですわ。先輩と選びたいんですの!」
「魔王城って崩壊したみたいだな。魔王がいなくなると消えるのか……」
「つまり、わたくしたちだけが観光できたということですわね」
「そういう問題かよ。魔王を倒したのにこれじゃあ証明できないな……報酬ももらえない……」
「冒険者登録してませんから、はなから出ませんわね」
「私のは誰かさんのせいで失効しちゃったからな!」
「でも魔王の間の宝箱は記念に全部いただきましたわ」
「選べないからって全部もってくるなよ! 整理して売り飛ばしたら私の口座、また増えたんだけど……」
「よかったですわね。これで、当分、働かなくてすみますわ」
「……なあ。私たち、もしかしてものすごく働いているんじゃないか……?」
「観光ですわ」
「いや、魔王だろ。異次元からのなんだかわからない侵略者だろ。闇ギルドの地下要塞も踏破したし。世界を魔法帝国に戻す陰謀団のアジトも――」
「観光ですわ」
「……まったく、お前にはかなわないなぁ」
「そう言ってくれる先輩って、最高ですわ」
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




