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構造色のホトトギス

作者: 神木満
掲載日:2026/04/09

僕 双葉葛は鳥が好きだ。

鳥の中でも、どこにでも行けてしまう"渡り鳥"が特に好きだ。

ツバメ、オオルリ、キビタキ、ハクチョウ、エトセトラ...

檻に囚われている僕とは違って、綺麗な翼を広大な青空に向けて走らせている。

渡り鳥。好きだ。

早朝。北鎌倉まで春から夏にかけて生息しているオオルリをバードウォッチングしにきた。

オオルリの目撃情報が多い森へと息を殺しながら忍足で入っていく。

いたッ!

8倍レンズを覗くと頬が黒く、前頭葉から下半身まで伸びた青々とした体が見えた。思わず口にしてしまう。

「綺麗だ」と。

青々としている見た目、

それだけを聞くと天敵から狙われやすそうと考えてしまうが。

実はそんなことはない。

オオルリの天敵"猛禽類"は上から見下ろし餌を値踏みするのだが、

鳥類(猛禽類も含む)は人間より色覚が強く紫外線まで見えてしまう。

やはりそんなのすぐ見つかってしまうじゃないか!と思うだろうが

まあ待て。

オオルリは一味違う。

オオルリの青色は"構造色"見る角度によって見え方が大きく変わる。

人間にとっては鮮やかな青でも森林や木漏れ日や影の中だと輪郭が崩れて背景に

溶け込みやすいのだ。


過酷なサバイバルで生き抜けるはずだ。


電車の中。今日も良いものが見れたなと息をつく。

メガネ越しに見る風景は、

早朝電車に乗っていた時より輝いて見える。

電車のすりガラス越しに自分の見た目を見る。


「僕も綺麗な渡り鳥になりたいな。」


そう考えながら電車を1回乗り換え改札を出る。

そういえばこのマンションの近くにツバメの巣があったな。

「立ち寄ってみよう」


ツバメは"カラス"に襲われた。


このケガではもう長くはないだろう。

家で手当てをしてみよう。まだ頑張ってくれよ。

そう願いながら足早に家へ向かった。


家に着く頃にはすっかり冷たくなっていた。

とても悲しかった。もう少し早く着いていたら、救えていたのかもしれない。



「ごめんね。」



そう言い作業に取り掛かる。

幼い頃から標本を作っていた僕には簡単な作業だった

。ホウ砂、防虫剤、乾燥剤で雑菌や虫がいない状態にし、

内部の臓器を慎重に取り出し、綿・木綿をつめ、専用フォームで胴体を作る。

羽の角度、首の向き、足の位置。細かく調節する。


乾燥の工程では急に乾燥させてしまうと皮が剥がれてしまうので

数日低温の場所において乾燥させる。


そして完成した。綺麗なツバメの標本が。


死してもなお、この美しさ。目が吸い付いて離れようとしない。

ワンルームいっぱいにある標本コレクションに追加されたツバメは、


どこか悲しそうに、美しく、展示されている。


4月13日。足取り重く大学へ向かう。今日は新入生が入ってくる日。

僕には関係ない。鳥以外に興味がないからだ。


大学の最寄りに着いた。

「あの、すいません。ここに行きたいんですけど」

“ホトトギス”のように綺麗で通った声。

そう思った。


急に話しかけられて春休み中ほとんど人と話していなかった僕は驚いてしまった。

スマホを片手に持っている女性。

女性の人差し指の先には僕と同じ大学の名前が記載されていた。

顔を見た。一目で心を奪われた。

これが初恋というものなのか。

一目惚れというものなのか。

「ぼ、ぼ、僕も同じ場所に行こうとしてて、、」

そういうと”ホトトギス”は、

「本当ですか!?先輩に気安く話しかけちゃってすいません。」

と早口でいう。

「いや全然」

大学まで連れて行った。それだけだがとても気分が良い。重い足取りが軽くなったのを感じた。

後から名前を知った。

日向葵——ひなた、あおい。

声だけじゃない。

名前まで鳥みたいだと思った。

太陽に向かって首を巡らせるひまわりのような、いつも明るくよく笑う子だった。

気がつけば週に何度か顔を合わせるようになっていた。学食で偶然隣になったり、図書館で声をかけられたり。彼女の方から来てくれることが多かった。


「先輩って、なんか独特ですよね」

ある日、彼女はムスッとしながら言った。

「独特?」

「なんか、ちょっと遠いところを見てる感じ。私と話してるのに」


渡り鳥を見ているからだろうか。最もその渡り鳥は日向さんのことだけど。

とは言えなかった。

「そうかもね」

笑って誤魔化した。

彼女がいなくなった後、窓の外を見る。木の枝にシジュウカラが一羽止まっていた。すぐに飛んでいった。

5月。新緑の季節。

双眼鏡を持って出かける朝が増えた。鳥を見るためだ。それだけのはずだった。

でも最近、不思議なことが起きている。

レンズを覗くたびに、葵の顔が浮かぶ。

「先輩、これ何の鳥ですか」と聞いてきた時の、少し首を傾けた角度。

話すとき、まばたきが多い。

笑うと肩が揺れる。

なぜそんなことを覚えているのか。

——好きだから。

そう気づいたとき、胸の奥でかすかな警報が鳴った。

渡り鳥の彼女を。僕は”独り占め”したかった。

いや違う。彼女は鳥じゃない。

首を振って双眼鏡を鞄にしまう。

6月。梅雨の入り口。

葵と二人で学食を出た帰り道、雨が降り出した。

彼女は傘を持っていなかった。

「走りましょう!」

そう言って笑いながら駆け出す彼女の横顔を見たとき、

——輪郭が崩れた。

雨粒と街灯の光の中で、彼女の輪郭がにじんで、青く、美しく、日向が”構造色”のように、見え方が変わっていった。

心臓が一度、強く打った。

標本にしたら。

“綺麗”なままずっと、見ていられるのに。

「先輩、早く!」

彼女の声で現実に戻った。

「——ごめん、今行く」

走りながら、自分の手を見た。

雨で濡れている。ただの手だ。

何もしていない、何もしていない。

僕は。

梅雨が明けた頃、葵は言った。

「私、来月から交換留学で一年間フィンランド行くんです」

「...そう」

「急でびっくりしますよね、私も直前まで悩んでて」

「いや、すごいと思う」

「先輩と話すの好きだったから、寂しいですけど」

——渡り鳥だ。


そう思った。

いつか飛んでいく。どこにでも行けてしまう。

だから好きだったのかもしれない。

「フィンランドにもいい鳥がいるよ」

気づいたら、そう言っていた。

「え?」

「ハクガンとか。白くて綺麗な渡り鳥。フィンランドで見られる」

彼女は少し目を丸くして、それから笑った。

「先輩、やっぱり鳥のこと話すとき、ちょっと違いますね。顔が」

「そう?」

「うん。なんか——生きてる感じがする」

生きてる感じ。

その言葉が、夜になっても耳から離れなかった。



今も見ていると思い出す。

僕はワンルームの標本たちを眺めていた。

オオルリ。キビタキ。ツバメ。ホトトギス。

整然と並んだ彼らは、どこにも行かない。逃げない。羽ばたかない。

綺麗なまま、ずっとそこにいる。

僕はそれが好きだった。


ホトトギスを見る。綺麗な声。温かかった体。今は冷たくて、軽くて、動かない。

もう声も出ない。







「先輩と話すの好きだったから」

葵の声が頭の中で鳴いている。

生きた声だ。

標本には出せない声。




次の日。

大学が終わったあとすぐ家に帰宅し標本に話しかける。


いつかまたあの声で相槌をうってくれるんじゃないかと願いながら。


「今日教授がすごく面白いこと言っててさ、僕思わず笑っちゃったんだよね。」


僕は話す。一人で話す。標本の前で


ワンルームに僕の声は響いていた。


構造色のホトトギスは泣いていた。




読んでくれてありがとうございました!他の作品も読んでいただけると嬉しいです。

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