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妖精歌謡その2

 「妖精歌謡」その2


 4月10日の某所の道の駅前の駐車場は、まるで何かのイベント会場であるかのような熱気に包まれていた。まあ、道の駅祭の会場なんだけど。ともかく通常なら、多少混みはするけれども、おかしな、お手製らしき幟を背に、揃いのやはりお手製らしい法被を身に纏って鉢巻をまいたご老人が、朝から群れを

成していたのだ。ちなみにお爺さんばかりではなくお婆さんの姿も目立つ。覆面とはいえあの妖精どもの、この町における人気の高さに面食らう僕であった。

ミイナ「武者震いがするね。」

シイナ「これがじつりきってやつよ。」

前日までSNS等を駆使して今日の為の宣伝活動に邁進してきた妖精どもは、疲れた様子も見せずに(どうせ見えないだろうと高をくくって)僕の肩の上で様子を窺っている。まあ見たところ、ミイナは普段通りだが、シイナはちょいと言動がおかしい。ミイナが二人いるみたいだ。昨日までの様子を見るに、特に問題はなさそうだけど、まああれだけ道の駅スタッフとシミュレーションを重ねたのだから問題はないだろうけど。ちなみに道の駅スタッフも立て看板等飾り付けに並々ならぬ力が入っている。何だよ、「あの二人が道の駅のステージに降臨!!」って。姿は見たくても見れない、というか見れたらどうすんだ、という事判っているのかな?ってそんなこと心配してるのも心配しなくちゃならないのも僕だけか。それにしてもこの騒ぎ、収集突くんだろうな?まあ他人事だけど。僕の横で同じように人込みを眺めていたスタッフのお母さんたちは、そんな僕の呟きに相槌を打つように、

スタッフのお母さん①「そうとばかりも言ってられないかも。」

と、不吉なことをおっしゃった。

スタッフのお母さん①「以前ここで西〇輝彦さんが歌ってくれた事があるんだけど。」

スタッフのお母さん②「あの時は主にお婆ちゃんだったんだけど、大変だったのよ。」

スタッフのお母さん①「人の数だけだったらあの時以上よ。」

だったら、あんな煽るような看板作んなきゃいいのに。まあ妖精どもの情報工作も凄まじいモノがあったけど。ん、あれ?何かおかしい。横の二人に聞こえないように呟くように呼び掛けてみる。

「おーい、ミイナ?、シイナ?」

返事がない。逃げやがったか?と思った途端に、道の駅の建物の外側にあるスピーカーから、最近何度も耳にして馴染みになってしまったボカロソフト、リ〇レ〇の声が、この人込みに負けないボリュームで流れてきたのだ。

ミイナリ〇「みんなぁ、お待たせ!」

シイナレ〇「おのおのがた、よくぞ参られた。もうすぐ開場ゆえ、しばし待たれよ。」

ここ最近、ネット回線越しに流してきた声に反応し、駐車場内がヒートアップし始めた。

お爺さん方他「ミイナちゃーん!」

お婆さん方+「シイナさま~!!」(何故か黄色い声が多い、いや、黄色いのか??)

途端に収まりはじめ・・・いや逆に熱狂の度合いを増し始める道の駅の、ここ駐車場だろう、パニックが起きるぞ。何だよあの妖精ども、いったい何の儀式だ。生贄でも供える気か?年嵩の方が多いんだから、命に関わりかねんぞ。でも不思議なことに、少しづつ群衆が落ち着き始めた。よくよく注意して見ると、膨れ上がったご老人たちの中、というか先頭に、一度だけ例の畑で姿をお見かけしたあのお方がいらしていたのだ。その方の周りから徐々に興奮が収まっていくのが見て取れる。なんとありがたいお姿か。その方は僕の方を見て和やかに手を振っておられる。なんと恐れ多い。さすが畑の動物共の統率者だ。お姿は現さざるとも混乱を収めておられる。

スタッフのお母さん①「あら、皆さん落ち着いてきたわねぇ。」

スタッフのお母さん②「あら、あの娘たち、いつの間に音響設備を使ったの?」

すみません、セットしたのは僕等です。あの妖精ども、見えはしないけどスイッチとか動かせるから。道理で色々、道の駅内で(人知れず)やってたわけだ。ポルターガイストかい。それにしてもあのお方は凄いぜ。寅さんも心酔しているわけだ。(もっとも、あのお方のお姿も通常人間には見えないようだけど。)

 ともかく、加熱し過ぎていた民衆⁇もすっかり落ち着いて、どうやらおとなしく開場を待ってくれるようである。そしていよいよ道の駅の営業開始時間が来た。スタッフが玄関を開けると、皆手の手に買い物かごを持ち、まずは購買スペースの今朝取り野菜に群がっていくのであった。今朝ここに来る前に薮のみんなでかき集めてきた野菜たち&牡丹肉等々。今朝は羊肉もあった気がする。そういえば羊は畑で見たこと無かったな。妖精ども曰く、

ミイナ「未さんはね、聖なる生贄なのよ、アーメン。」

シイナ「古くからの約定だからね。アーメン。」

こいつら、里はどこだ?何か色々混ざっているな。動物共の統率者はあのお方なのに。ついでに牛は神聖な生き物だとかとも言ってたし。まあいいか。面倒くさいというのが結局真理なんだろうな。ともかくおそらくは寅さん謹製のジンギスカンが、今日の道の駅の冷蔵庫の主役だ。羊の犠牲を噛みしめてほしいものだ。文字通り。まあ品質は最上かつ新鮮であることは保証できるけど(お肉の熟成にも気を遣っているとはシイナも言っている)。

 まあともかく、あの妖魔どもをこれ以上野放しにしておくと、どんな厄介ごとを起こすか判らない。

「失礼して、僕はのど自慢ブースの方に行って準備します。後はよろしく。」

スタッフのお母さんたちに軽く挨拶をして、僕も道の駅内に入場したのであった。

 会場直後の道の駅の中は、人、人、人で埋め尽くされ息苦しさを覚えるほどであった。ところどころ最近見慣れた、ひと、ではない何かの姿も散見される。そういうモノだからなのか他の人間と重なって見えるモノもいるので、けして邪魔にはなっていないようなのでまあ、見ないふりをしておこう。逆に一部の人間の中に明らかに他人の邪魔になっている方がいらっしゃる。大きな声を上げたり、両わきに荷物を抱えて座り込んでいたり。何かアレな格好でアレな事をしているご老人(どう見てもゲイにんだよな、アレ)だったり。

 とりあえず、こちらも無視を決め込んで、のど自慢会場になっている特設展示場に向かった。向かったのはいいけれど、なんだこの椅子の数は?そこまで狭いスペースではない筈なのに、昨日確認した時より確実に数が増えている。ともかくこれでは人が入れるのかというレベルだ。仮説のステージ上には予定通りパーテーションで囲まれて外部から見えないようになっている折り畳み机と二人用のパソコン(ダミー用と言うか、ボカロソフト操作用)・プリンター・有線無線のLAN関係等のコード類とスピーカー。シイナの指示通りにしたけど僕にもどこがどう繋がっているのかわからない。そして電源タップ等々。舞台に人が上がってきて暴れたら大変だな。まあ、この町にそこまでの阿呆は・・・いなくもないか。まあ注意しておこう。表の騒ぎを考えたら注意しすぎという事は無いだろう。僕がパソコンの前に座っていると、どこからか妖精どもが飛んできて肩の上に座り込んだ。何だか疲れている感じだ。

ミイナ「いやぁ、隣は人が多すぎてあてられちゃうよ。」

シイナ「客入りが良いのはいいけれど、妖精はね、こういう状況に弱いのよ。」

じゃあ、やらなきゃいいのに。二人とも少々上気したような顔でぐったりとしている。水を飲むように勧めると、ミイナは僕の飲んでいたコップを奪うようにして抱え込んだが、シイナはどこからか紙パックの牛乳を取り出してストローを伸ばし飲み口に突き立てて、中身をちゅうちゅうと吸い始めた。

「何だ、それは?」

尋ねたが、僕をチラッと見るだけで教えてくれない。見る見るうちに紙パックはひしゃげ、中身は全て飲み干したようだ。だからお前も、どこにその量が入るんだよ。ミイナよ、お前もだ。こら、ガラスを齧るんじゃない。お茶菓子ならあるから。ミイナは(僕の)水を飲み干すと、菓子入れに入っていた茶菓子をむさぼり始めた。シイナは牛乳?を飲み干すとしばらくぼうっとしていたが、やはり同様にお茶菓子・・・には群がらず、真剣な顔つきでパソコンで機械の調整をしているようだ。少なくともシイナはヤル気だ満々だな。道の駅の開門は朝9時半。この会場で行われるのど自慢の開始が午後1時。もうしばらくはゆっくりできそうだが開場まであと2時間くらいか。朝が早かったからちょっとうとうとしていたい。受付の人に開場する時声をかけるようお願いして、僕はしばしの休眠に入った。あ、お弁当は後ろの紙袋の中な。ミイナに先回りして注意しておくのも忘れなかった。では、おやすみぃ。


・・・zzz・zzz・zzz・・・


 『ただいまから、のど自慢会場お客様の入場、開始しますぅ』

天井のスピーカーから放送の声が流れ、僕ははっとして目を覚ました。どうやらスタッフさんは気を遣って寝ている僕を起こさなかったらしい。まあ、準備は終わっているからいいけど。のど自慢会場は、部屋こそメイン会場とは別になっているけれど、暗幕があるでもないからステージは客席とは隔離はされていない。というか誰かステージに上がろうとしているぞ。ところが、何もない所からステージに上がろうとしていた酔っ払い⁇は、足を取られたようにもつれさせ、そのまま動きを止めてしまった。そういえば、シイナがセキュリティはばっちりだよ、とか言ってたな。でも何かおかしい。よくよく目を凝らしてみるとその酔っ払い⁇は何か透明なモノの中に取り込まれてもがいているような。あれ、宙に浮いてるよ。

ミイナ「困ったモノだね。良かったよ、塗り塗りに出動を要請しておいて。」

シイナ「さすが塗り壁ね。人間の捕獲はお手の物だわ。」

二匹の妖魔どもは楽しそうに妖怪に捕らわれている人間を眺めている。おいおい、大丈夫なのか?あんなの人目についたら。 

ミイナ「ダイジョウブダヨ、あんなこと、見ている人間も引っ掛かった人間も、理解すらできてないよ。」

シイナ「そうでなきゃ、奴らを動員した甲斐もないしね。お礼の蒟蒻芋が無駄になっちゃう。普通の人間に悟られるようなへまはしないよ。目の前で理解不能なことが起こっても、人間は自分の常識外の事は都合よく変換してしまう機能がついているからね。そうでなきゃあたしら、あちこちで目撃例が広がって狩り尽くされてるよ。それ以外にも、今日はあのお方がいらしてるし、よほどの事態でもなけりゃ、大丈夫でしょ。」

人間て・・・。いいのか、この世。でも、まあ僕にとってもその方が都合が良いし、よく見ると客席の最前列であのお方がこちらに向かってお手を振っていらっしゃる。なんと有難い。何か横にボディガードよろしく寅さんもいるようだし、お足元には眠そうな目をしたウサギまで見える。あれ、でも。

ミイナ「あ、だからアナタは別だからね。」

シイナ「あんたはあたしたちが見えるんだし、ミイナの羽にも触れてんだから、もうこっち側よ。」

僕の疑問に答えるように妖精どもが声をかけてくれる。シイナは例によって不安を煽るような事をいってるけど。まあ、いいか。

ともかく会場がまた先ほどのように熱気に包まれてきた。今日ののど自慢の参加者は、希望者が殺到したため、午前中に物産展で買い物をした額の多寡により出場者を決定した、とか道の駅のスタッフが目を¥¥にして語っていたっけ。まあ、本人たちが良いならいいか。お金は大事だよ~。妖精どもも配置についている。

 そして、定刻。

ミイナリ〇「みんなぁ、お待たせ!」

シイナレ〇「おのおのがた、お待たせした!それでは。」

妖精ども「お待ちかねの、のど自慢大会、はっじまっるよ~!!」

観客@「うおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

観客$「いえええええぇぇぇぇぇ!!!」

観客?「きゃああああぁぁぁぁぁ!!!」

もの凄い歓声、いや一部変な声も聞こえてくるが。気にせず僕も気を引き締めよう。参加希望者名簿も曲目入りで配布され、司会進行はミイナ、シイナに任されたようだ。シイナのメールアドレスにプリントと同内容の曲目他が送られてきているようだ。しかし滑らかに音声を出しているな。さすがシイナの技術、というか、ミイナも何気に凄い。手元がぶれて見えない。普段のミイナからは想像もできないような真剣な表情。今回のステージに対する並々ならぬ意気込みが感じられ・・・られ・・・コイツ、マイ〇スイーパー立ち上げてやがる。それと同時にボカロも操作しているのは見事なものではあるが、てめ、も少し真面目にやれ。その点シイナは真剣そのもの・・・⁉・・・だめだ、こいつはこいつで場内の様子の撮影に夢中だ。いつの間にカメラまで設置した?でもよく、同時進行で操作できるなぁ。今度コツでも聞いてみよう。

ミイナリ〇「じゃぁ、まずは一曲目。カンペ通りなら一番、歌は『津軽海峡〇景色』!」

シイナレ〇「ヨロシクオネガイスルノダ。」

イントロが流れると品のよさそうなご婦人がしずしずと舞台上でお辞儀をして、こちらの方を向いて、開口一番こうのたもうた。」

「シイナさまぁ、私の思い受け取ってくださいませ!」

途端に客席から放たれる怒号。

客席の怒号「ふざけるんじゃないわよ。シイナさまは私たちの、宝よ!」

あのー皆さん、何かずれていませんか?それでも歌い手の方は臆面もなく歌い続ける。なんか最初から頭痛くなってきた。

 さて、妖精どもの採点は?・・・なんかミイナは参加者名簿に落書きしている。シイナは真面目な顔をして同じ紙にコメントを追加している。うーんこれ、読み上げていいのかな?・・・現在進行形でではやめておこう。見ている僕がおかしくなる。最後にしとこ。ともかく最初の方が歌い終えて、何かコメントを欲しそうにしてこちらを見ているが、僕に何ができる?この落書きを読めと?悩んでいると

ミイナリ〇「ありがとうございました。素敵な歌声ですね。」

シイナレ〇「ココロフルエルウタゴエジャッタヨ。クルシュウナイ。」

なんだ二人とも真面目に?司会する気はあるじゃないか。落書きしている姿からはそんな気配は欠片もうかがえないけれど。まあ、司会進行はお任せでいいな。

ミイナリ〇「では、次の方。歌は『俺ら東京さいぐだ』」

シイナレ〇「オノオノガタ、オシテマイラレヨ。」

例によって真面目に思えなくもない元気印のミイナのMCと、何かずれているシイナのしゃべり(いずれも自分本来の声ではないが)が絶妙なんだかなんなんだか。まあ、観客は盛り上がっているから無問題だな。でも僕、何でここにいるんだろう。存在意義、無いよなぁ。

 今度の歌い手は、サングラスをかけてミイナ柄の法被を着たどこかの建設会社の若い衆風のお爺さんだった。先ほどの女性と同じように、僕らのいるパイテーションの方に最敬礼をすると、

若作り過ぎる爺さん「ミイナちゃんに捧げます。それではいくべや。拍手よろしくぅ。あそーれ、そうしましょ、そうしましょ。」

初めからハイテンションで押し切るつもりのようだが、シイナはもちろん、ミイナですらおとなしく聴いているつもりはないようだ。何を叫んでも観客には聞こえない事は実証できたので、もうやりたい放題だ。おいおい、とりあえず畑関係の愉快すぎる仲間も結構見てるんだからな。やりすぎるなよ。ミイナはおろかシイナも歌い手の後ろのあたりで宙に浮かび上がり、身をくねらせている。まあ、見えている人はいないようだけど。まあ、見えても自分の目を疑うだけだろうけど。隣の客に言っても馬鹿にされるだけだろうし。

 そんなわけで、妖精どもは歌が終わるごとにパソコンの方に戻ってきて、的確なんだか珍妙なんだかよくわからない解説とコメントを寄せ、次の曲紹介を忘れない辺りはミイナというよりシイナの腕なんだろう。この、のど自慢に関しては並々ならぬ意欲を感じる。途中近江〇郎の歌を歌う老人が舞台に立ったときなんかは、司会の枠を超えて、心から楽しそうに見えた。何かあの歌に思い入れでもあるのかな?まあ、聞いてもはぐらかすだけだろうけど。そしてとうとう出場者も9人目となり、本日の出場者の予定の最後、あれ、曲名も歌い手の情報も無い!?慌てる僕の手元に、道の駅のスタッフが新しい追加のプリントが渡された。同じものがメールで二人のパソコンに送られたらしく、二人が画面を見て息をのむ気配が伝わる。僕に渡されたプリントには、「トリはミイナさんシイナさんお二人の『恋のバ〇ンス』をお願いします。カラオケ音源は用意してありますからヨロシクね。」と記してあった。いや、ヨロシクね!じゃないだろう。無茶ぶりも大概にしてほしい。それでも妖精二人が何か打ち込もうとしたその時、客席が急に騒がしくなり、同間声が響き渡った。

同間声「今のおばちゃんより、高い金出してモノを買ったのはワシだ。最後は当然、ワシ等が歌わせてもらうぞ!!」

周囲の声①「ざわざわ・・・またあの人だよ。」

周囲の声②「去年の騒ぎで、懲りてないのかねぇ。」

観客が一気にざわめきだす。それを鎮めようとして、道の駅の(比較的)若い方のお母さんが、もとい、お姉さんが、同間声の前に進み出た。

お姉さん「鈴木さん、昨年も申しました通り、お買い物はご自分たちが出荷した商品をツケということでお買い上げいただいてもカウント致しかねます。それとあのような一般の方がお喜びになれないような歌を公共の場でお歌いになられましては困ります。」

鈴木さん?「そんなことは知らん。ワシはルールに則って買い物をしておる。それをとやかく言われるのは心外だ。我々の主義主張に対する挑戦か?ならば我々も主義を通す権利を行使させてもらうだけだ。」

どうやら去年も問題を起こしている札付きの人・・・格好から察するに、札付きの釜らしい。いい歳したおっさんがしっかり櫛を入れたバーコード頭に先ほどのじょせいもかくやのラメ入りのドレス姿で、マイマイクらしきものを手に舞台上に上がろうとしている。まあそのぐらいなら塗りさんたちが押しとどめてくれるだろう。ところがおっさんは、会場の外に向かってこう言い放った。

おっさん「おーい髙橋君、そちらから舞台を目指せ。どうせパソコンくらいしかない筈だ!」

いやいや、パソコンがあるんだし僕だっている。いったい何をしようってんだ、高橋君。

 すると会場の外と繋がる荷物搬入口辺りから、「はい、課長ぉ!」という声が鳴り響き、突然一台のフォークリフトが舞台の横合いから突入してきた。アッと思う間もなく押し出されたパーテーションと机とパソコン、その他一式。妖精たちは無事だろうが、僕は舞台から突き落とされて、・・・て、・・・て、いない。僕の背中を包み込むちょっとこわい毛皮の感触。振り向くとそこには、僕を支えて牙をむいている寅さんの姿があった。

「と、寅さん‼ありがとう。」

寅さんはフォークリフトを威嚇しながらも(残念ながら見えてはいないようだけど)僕を抱えてまだ無事な舞台の上にそっと下ろしてくれた。そこに妖精たちが血相を変えて飛んできて、無事な僕を見るとほっとしたような表情を見せてくれた。でも、さてどうしよう。まだ無事な部分の舞台の中央では先ほどのオッサンとフォークリフトを降りた高橋君が自前らしいカラオケセットを持ち出して何か曲をかけ始めた。よくこんな状況でヤル気になるものだしその根性は見上げた、いや見下げ果てたものではある。それにしても妖精たちのパソコンは落下し、コード類は外れてモニターに至っては衝撃で割れてしまっている。道の駅のお姉さんは無事なようだが、茫然自失といった様子で会場は怒号と悲鳴で覆われていた。いったいどうすればいいのか。

 その時動いたモノがいた。シイナが意を決したような表情でミイナの手を引っ張ると、飛び立って舞台の上方に移動すると僕の方を見て言ったのだ。

シイナ「あたし、怒ってるの。みんな楽しく歌ってたのに、こんなのあんまりだよ。酷いよ。」

初めて聞くような悲痛な叫び。ミイナは無言で舞台上で今にも歌いださんとしていた例の二人組を、見たことも無いような冷たい目でじっと見つめている。二人組はしかし、ピクリとも動かなくなった。よく見ると塗り壁に捕らわれている。藻掻いてはいないが何か放心した状態になっているようだ。その目は、二人の妖精を捉えている⁉いや、見えない筈だし他のどの観客にも二人の妖精の姿は見えていないようだけれど。

シイナ「こうなったらあたし達が歌うしかないね。」

いや、何でだよ。まあ、予定、というかサプライズではそうなるはずだったわけだけど、今やもう伝えるすべが無いじゃんないか。パソコン壊れてるし。するとシイナがアカペラで歌い始めた。

シイナ「ためー〇のーでるようなー、」

つられるようにミイナも歌いだしたが、歌詞がわからないらしくつっかえつっかえで、横にシイナが並んで背中に手を当てられながら、何とか声を上げている。その哀しいような滑稽にさえ思えるような歌は、しかし会場中には響かない。ただ、僕とこの会場に来ていた畑の仲間、そしてやはりちょっと哀しそうなあの方だけが、しめやかに耳を傾けていたのだった。でも、あれ、動けなくなっている二人組も何か打たれたような表情をしているような。気のせいかな?とにもかくにもこの和約茶になったのど自慢会場に、聞こえない妖精たちの歌が流れたのであった。

 歌い終わると妖精たちは舞台上空で丁寧にお辞儀をすると、僕と寅さんの所に飛んできて、

ミイナ「ああ、疲れた。シイナ、酷いよ。打ち合わせも無しに。」

シイナ「仕方ないでしょ、緊急事態だもの。あ、寅さん、ありがとね、こいつを確保してくれて。」

僕の身体の心配はしてくれないんだ、がっかり。寅さんが僕の背中を優しくなでてくれる。

ミイナ「そんな事ない。心配したんだから。もう、馬鹿シイナ!」

シイナ「はいはい、あたしは人でなしですよ~、実際、人じゃないしね。」

ん、まあその通りなんだが・・・何か面白くない。そう、こいつらばっかり歌いやがって。観客は呆気にとられるばかりで、ただざわついているぞ。ここでやっぱり。

その時天井のスピーカーから音楽が流れてきた。道の駅のお姉さんが気を利かせてくれたようだ。では一曲行かせてもらおうか、歌うは、た~ん、たたたたた~ん、ご存じ、梅沢トミーの「〇芝居」!さっきの奴らの毒気を浄化してやるぜ。

 この時、たぶん僕は急激な状況の変化に当てられていたんだと思う。いや、歌詞の内容がコレで良いのか?っていうモノに変わっていくのが自分でも判った。判ったから良いというモノでもないが。・・・何だよ、男と男って?客席ではあのお方がニコニコしながらご覧になっておられるし。ともかくもう何もかもぐちゃぐちゃのまま、収拾がつかないままで、のど自慢大会は終わった。田舎ゆえ、警察の介入も無し。誰も深くは気にしていない。ただ、例の釜二人組は同じ農業法人の人が回収していった。何か即入院したみたいだったがどこかに入院したとか聞かされた気もするけど、その他もろもろ、壊されてしまったパソコンの後始末とか、やることは多かったので良くは覚えていない。妖精どもが耳元で色々言って来たので、捕まえて道の駅のレジ袋に押し込んで、その日は帰路につくことにした。のど自慢大会の審査発表はまた後日ということで。


    ・・・日を改めて・・・


 その翌日、事後処理のため道の駅に向かうと、さすがに警察の方が来ていて、僕もフォークリフトで襲われた当事者ではあったので事情を聴かれたが、特にケガも無かったので直ぐに放免された。寅さん、ありがとう。今度ケーキでも持っていくか。寅さん甘党だし。なお、そこで聞いた驚きの事実。昨日暴れまくった鈴木課長と高橋君はあの後農業法人の仲間によって病院に運ばれたわけだがその日の内に亡くなったのだという。「事情を聴きたかったのに、すべて水の泡だよ。」とは、警察官の漏らした愚痴である。ただ、彼らを看取った病院の職員の話としては、二人とも「妖精が~」とか譫言を漏らしていたらしい。「死ぬ前に幻覚でも見たんだろうね。」とはその警察官の話であるが、僕はちょっとドキっとした。あの時、あの二人、妖精たちが見えていたんだ・・・。他にも誰か見えていたりしないよな、そしてその人が同じように亡くなっていたりしたら。・・・気になったので昨日のお姉さんに確認してみたけれど、あの後特に体調不良を訴える人も無く、今朝もそんな話は噂にも聞こえてこないよ、とのことである。逆に昨日重機に轢かれかけ、パソコンを破壊された当事者として体等々の心配をされてしまった。

道の駅のお姉さん「大丈夫だった?災難だったねえ。でも、元気で良かった。昨日あの後姿が消えていたから、心配してたのよ。」

僕は形ばかりのお詫びを言い、心配ないですよ、と答えたのだけれど、何か道の駅からお詫びをさせてほしいという。実のところノートパソコンはモニターこそ壊れたけれど、HDはシイナの手によってSSDに換装されていたので少なくともデータの損傷はないよとの話であったし、外部モニターにつないで家で使う分には問題は無い。それを説明したがそれでもモニターの修理代くらいは持ちますよ、とのことなので有難くその申し出を受けることにした。その他にも後でお詫びとお礼をしたいとの申し出を断るいわれも無いので、それはまた後日、昨日は災難でしたね、とだけ申し添えて昨日の会場を覗きに行ってみた。あれだけゴタゴタしていたのど自慢会場も一夜のうちにすっかり片付けられていた。舞台に突っ込んできたフォークリフトも撤去され、元々あった展示物も整えられ、昨日の混乱を物語るものは、壊れてしまい応急処置を施された搬入用入口の扉ぐらいだろうか。犯人もこの世にいない事件になったんだけど、何か無常感が漂うなぁ。こんな平和そうな町なのに、あんな狂乱が隠れていたなんて。ふと気が付くと妖精どもが僕の背中をじっと見つめている。何だろう、あの視線は。・・・止めよう。シイナも言っていたじゃないか。考えすぎるのはよくないって。ともかく今大事なことは平穏に生きていくことの筈だ。僕は気をとり直して今日の作業に移るとしよう。今日は今日とてお客さんは来るだろうから。



            完

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