そこの新人冒険者、スライムが弱いと勘違いしてないか?
「大丈夫です! スライム狩りして強くなるんで!」
今しがた冒険者登録したばかりの黒髪の新人が発した言葉に、受付嬢が目を丸くする。
通りすがりにその様子を見てしまった中堅冒険者のヨーダは深くため息をついた。
そしてギルドを出た少年をそっと追う。
「よ。ちょっといいか?」
「なんですか?」
「ちょっと話そうぜ。飯でも奢るよ」
「結構です」
「あ、ちょっ待て待て待て! お前日本人だろ!?」
警戒してスタスタと歩き出す少年を慌てて止める。
日本人、と聞いて驚いた顔でまじまじと見つめてきた少年にヨーダは苦笑した。
「俺も日本人なんだよ」
少年とヨーダは連れ立って街の通りを歩いていく。
少年はタクマと名乗った。
「タクマ君、ギルドでスライム狩りするって言ってたが倒せるのか?」
「タクマでいいです。スライムって雑魚でしょ? ゲームで最初に倒すじゃないですか」
笑顔で答えるタクマ。
あーこれは……。
ヨーダは頭を抱えたくなった。
少し考えた後、方向を変え屋台飯をいくつか買って街の外に出ることにした。
「内緒話なら外の方がいいからな」
と言えばタクマは素直についてきた。
街道近く、少し外れた所で手頃な石に向かい合うように腰掛ける。
分厚いハムを挟んだサンドイッチを一つ少年に渡し、自分も取り出した。
「俺はヨーダって名乗ってるけど、本当は吉田なんだよ。最初に聞き間違えられて面倒だからそのままヨーダにしたんだ」
まずヨーダは自身の過去を語った。
二十歳の時にこの世界に迷い込んだこと、冒険者として日銭を稼ぎながら生きてきたこと。
日本の常識も身分証明も役に立たず、ゼロからのスタートだったこと……。
そして、この世界には他にも異世界人がいるらしく日本に戻る方法はなさそうなこと。
少し愚痴っぽくなっていたが、苦労を思えば仕方ないことなのだろう。
タクマも、現在十五歳であることと、休日一人で出かけていたらいつの間にかこの世界にいたことを語った。
「なるほどなあ。で、タクマは冒険者としてやっていくつもりなのか?」
「はい。魔物を倒してお金を稼ぎたいです」
「そうかあ……。じゃあ良いもの見せてやるよ」
おもむろにパンを大きくちぎり、街道と反対側の少し離れた場所に放り投げる。
訝しむタクマの目線の先。動くものがあった。
蠢く青緑のジェル状のものがパンに向かって少しずつ近づいている。
「なんですか、あれ……気持ち悪い」
「あれがこの世界のスライムだよ」
「えっ」
ヘドロのようにも見える濃い青緑のスライムがパンに覆いかぶさると、すぐにパンは見えなくなった。
「この世界の掃除屋みたいなもんなんだろうな。あ、絶対触るなよ、溶けるぞ」
「うわ……スライムってもっとぷるぷるしてると思ってた……色も全然透明じゃない」
「ゲームや漫画の中じゃないからなあ。ここは油断すると死ぬ世界だぞ」
スライムは厄介な魔物だ。
基本は死んだ細胞を好むため生きた草木は食べないが、ひとたび敵と判断すれば溶解液で全てを溶かす。
物理攻撃に強く、魔法には弱いが魔法で倒すと魔石が濁るため金にならない。
武器も防具も駄目にする金食い虫。
そして最も恐ろしいのが、冒険者が倒した魔物を捕食しようと近づいてくることだ。
寄ってきたスライムを誤って踏んでしまえばどうなるか。
森の中で足をやられ、そのまま別の魔物により命を落とす「事故」は時々起こる。
スライムの溶解液を無効化する魔法付与のついたブーツも売っているが、高級品のためヨーダも持っていない。
「オレ……さっきまでゲームの世界に入ったと思ってたんです。でもコンティニューなんかなくて、失敗したら死ぬんですね……」
話を聞いてタクマは呟いた。
実物を見て、レベルの概念が無いことも知って現実が見えたらしい。
ヨーダはその顔色の悪さを見て串焼きを勧めるのをやめ、自分だけ食べながらそうだなあ、と苦笑した。
「スライム狩りなんか無理だろ?」
「うわああ……自分が恥ずかしいです!」
「分かってくれて良かったよ。さすがに日本人に死なれちゃ寝覚めが悪いからな」
食べ終わった串をスライムに向かって投げる。
木の串もあっという間に青緑に飲み込まれた。
「ちなみにな、スライムについて俺が話したこと全部ギルドの本にも書いてあるからな。受付嬢に資料室の図鑑見ろって言われただろ?」
「言われました……」
「読むのに金いらないし、スライム以外にもこの辺で生息する魔物載ってるからしっかり読んどけな。薬草とかの絵もあるから」
そろそろ戻るか、と立ち上がる。
タクマも慌てて立ち上がり、二人は歩き出す。
「最初のオススメは薬草採取だな。街道沿いと街の外周は魔物よけが整備されてて割と安全だから、まずは採取しながら周りを観察する癖をつけたほうがいい」
慣れてきたらスライムやらにも気付きやすくなる。
という言葉に、タクマは神妙にはいと答えた。
街の中へ戻り、ギルドの前で。
「ヨーダさん、ありがとうございました」
「ん、頑張れよ。あとこれもやるよ」
タクマの手に乗せたのは、銀貨四枚。
安全な夕食付き宿に一泊できる金額だ。
恐縮するタクマに「同郷のよしみだ」と笑い、真面目な顔で「盗まれるなよ」と忠告した。
「はい。あの……ありがとうございます。このご恩は必ず」
「いや、いいよ。もし返したいなら、同じようなヤツが現れたときに助けてやればいいさ」
笑って手を振り、タクマとヨーダは別れた。
帰り道。
これで借りは返せたかな。
ヨーダは考える。
この世界に迷い込んだ時、同じように宿代を出してくれた同郷の冒険者。
「借りは同じような奴に返してやればいい」
という以前の言葉の通りに返すことができたと思う。
タクマがゲームの世界と思い込んでいることには驚いたが、実際にスライムを見せたしおそらくもう大丈夫だろう。
彼が冒険者として成長してもしも同郷の者が現れた時、自分がされたことを返してやってくれたら良いと思う。
「飲むか」
借りを返した記念にエールで乾杯しよう。
ヨーダの足は自然と酒場に向かった。




