第5話 『施しの終わり』
その日の夕刻、村の広場に小さな机が置かれた。
その上に並ぶのは、エリシアが持参した乾燥パンと、干し肉がわずか。
村人たちが集まってくる。
空腹は理屈を待たない。
エリシアは立ち上がった。
「これが、私の持っているすべてです」
ざわめきが起きる。
「今日は、全員に分けます」
ほっとしたような空気が広がる。
だが彼女は続けた。
「ですが――今日で終わりです」
一瞬で、空気が凍った。
「……は?」
若者の一人が声を上げる。
「明日からは、労働交換制度を始めます。畑の再整備、倉庫の修繕、共同備蓄の準備。それに参加した者に、食料を分配します」
「ふざけるな!」
怒号が飛ぶ。
「働けない者はどうする!」
「子供は?」
「年寄りは?」
エリシアは一つひとつ、目を見て答える。
「働けない者は、できる者が支えます。そのための制度です」
「綺麗ごとだ!」
石が投げられた。
足元に転がる。
胸の奥が、ひやりと冷える。
だが視線は逸らさない。
「施しは、依存を生みます」
低く、しかしはっきりと。
「今日のパンを配り続ければ、来年の種籾がなくなります」
「来年なんて、知らねぇよ! 今がつらいんだ!」
その叫びが、胸を抉る。
エリシアは一歩前に出た。
「私も、今を救いたい」
声が震える。
「でも、今だけでは、足りない」
広場の端で、サラが母親の手を握っている。
あの小さな命を思う。
今日の優しさで、明日を奪いたくない。
「私は、この村を飢えさせません」
「ならパンを寄越せ!」
「その代わりに、働いてください」
沈黙が落ちる。
怒りと戸惑いが入り混じる。
ガイアが前に出る。
「嬢ちゃん、本気でやる気か」
「はい」
「今年を削るんだぞ」
「はい」
ガイアは深く息を吐いた。
「……村人全員で話し合う」
エリシアは頷く。
「私は逃げません」
その夜。
広場には重たい空気が漂っていた。
パンは分けられ、ほんの少しの満腹が訪れる。
だが、安心はない。
エリシアは集会小屋に戻り、手帳を開く。
今日の分配量を書き込む。
残量を計算する。
あと三日。
それが限界だ。
手が止まる。
窓の外で、誰かの泣き声が聞こえる。
子供だ。
胸が締めつけられる。
自分は冷たいのか。
王都で言われた言葉が蘇る。
悪役令嬢。
冷酷な女。
目を閉じる。
涙が一筋、頬を伝う。
「……今日だけなら、救えるのに」
だが、種籾は守らなければならない。
机に突っ伏し、拳を握る。
「私は、明日を選ぶ」
静かな決意。
翌朝。
広場に再び人が集まる。
顔は険しい。
ガイアが口を開いた。
「話し合った」
短い沈黙。
「……やる」
ざわ、と空気が揺れる。
「全員で、やる。ただし」
ガイアの目が鋭く光る。
「失敗したら、お前が責任を取れ」
視線が一斉に集まる。
エリシアは、まっすぐ頷いた。
「取ります」
迷いはない。
その言葉に、ナディアが笑った。
「いい顔してやがる」
若者の一人が舌打ちする。
「どうせ机上の空論だ」
「なら、証明します」
エリシアは板を指さす。
「今日から、畑を三区画に分けます。水路の掘り直し、土壌の入れ替え、種の選別。全員に役割を割り振ります」
「指図するな!」
「指図ではありません。提案です」
そして、静かに付け加える。
「嫌なら、断ってください」
挑発ではない。
本気だ。
逃げ道を用意した上での提案。
それが、少しだけ村人の警戒を和らげる。
ナディアが前に出る。
「運搬隊は水路をやる」
「ありがとう」
若者たちも、渋々うなずく。
「……やるしかねぇだろ」
動きが生まれる。
鍬が土に刺さる。
乾いた音。
白い空の下、汗が落ちる。
エリシアも外套を脱ぎ、土を掘る。
柔らかい手のひらに、すぐに水ぶくれができる。
「嬢、無理すんな」
ナディアが言う。
「無理ではありません」
息を切らしながら笑う。
その姿に、村人たちの視線が変わる。
ただ命じるだけではない。
一緒に泥をかぶる。
それが、わずかな信頼を生む。
だが。
遠くの空で、雷鳴が鳴った。
音だけ。
雨は降らない。
エリシアは空を見上げる。
時間は、待ってくれない。
施しは終わった。
ここからが、本当の戦いだ。
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