第35話 『限界値』
南部穀物価格――前日比、十二%上昇。
板に書かれた数字の横に、ミレイアが小さく印をつけた。
「歴史的水準です」
声は淡々としているが、空気は張り詰めている。
「限界値に近い」
「限界値?」
ブレイン村の代表が問う。
「これ以上上がれば、実需が止まる」
エリシアが補足する。
「買えなくなる」
価格は炎だ。
燃え上がれば、最後は燃料が尽きる。
だがその前に、人が尽きる。
「南東部で略奪未遂」
伝令が報告する。
「倉庫を襲撃、未遂で鎮圧」
沈黙。
連盟成立から、まだ日が浅い。
だが内部は揺れている。
「クラフト村は?」
アデルが問う。
「教会の施しで一時凌ぎ」
リリアナが静かに答える。
「だが備蓄はゼロに近い」
罰則は機能した。
だが痛みも現実だ。
「連盟の規約を緩めるべきだ」
ブレイン村代表が言う。
「今は非常時だ」
「緩めれば意味がない」
アデルが即座に返す。
「一村が売っただけで価格は跳ねた」
事実。
「だが餓死者が出れば」
「市場は止まらない」
冷たい現実。
エリシアは板を見つめる。
価格。
備蓄。
消費量。
計算する。
頭の中で。
「価格は二日以内に頂点」
静かな結論。
「根拠は」
ミレイアが問う。
「投機資金の回転速度」
連盟は出荷を抑えている。
クラフト村の売却は一時的。
実需は限界。
「頂点のあと」
ナディアが問う。
「暴落」
沈黙。
暴落は価格を下げる。
だが同時に、連盟の備蓄価値も下がる。
そして混乱が残る。
「……耐えられるか」
レオンが低く言う。
「耐えます」
エリシアは即答する。
「内部を守れば」
そのとき、外で怒声。
行商人と村人が口論している。
「売らせろ!」
「今なら借金が返せる!」
揺らぎ。
内部からの圧力。
エリシアは外へ出る。
「売りません」
短い宣言。
「なぜだ!」
「頂点が近い」
「何の保証がある!」
保証はない。
だが設計はある。
「保証はありません」
正直に言う。
「ですが、今売れば、明日を失います」
沈黙。
怒りと不安が交錯する。
そのとき、レオンが前に出る。
「俺は半袋を見た」
静かな声。
「嬢は外さなかった」
全員が見る。
「今回も賭ける」
行商人は舌打ちし、去る。
だが全員が納得したわけではない。
夜。
ミレイアが報告を持ってくる。
「王都市場、明日さらに上昇予測」
「想定内です」
「バルド派が追加資金投入」
炎を煽る。
王都。
バルドは笑っていた。
「頂点は明日」
「その後は?」
セリオが問う。
「崩れる」
「連盟は」
「内部から割れる」
再びラグナ村。
エリシアは板を見つめる。
価格――限界値。
連盟――揺らぎ。
干ばつ――継続。
頂点は、目前。
だが。
問題はその先だ。
暴落は秩序を壊す。
炎より怖いのは、灰。
「……準備を」
静かな命令。
備蓄再配分。
内部融通。
情報網強化。
嵐は明日。
価格は頂点へ。
南部は、限界値に立っている。




