第34話 『密売』
南部穀物価格――前日比、さらに七%上昇。
板に数字を書いた瞬間、空気が変わった。
「……おかしい」
ミレイアの声が低くなる。
「連盟は出荷を抑えているはず」
「内部消費優先だ」
ナディアが言う。
「なのに上がる?」
エリシアは数字を見つめる。
供給は減っていない。
需要も爆発的ではない。
だが価格は跳ねている。
「誰かが売った」
静かな結論。
沈黙。
そのとき、アデルの使者が到着する。
顔色が悪い。
「ローヴェルではない」
第一声。
「だが、南西のクラフト村が――」
言葉を飲み込む。
「備蓄を王都へ売却」
ざわ、と空気が凍る。
クラフト村。
連盟に参加した小規模領。
「どれだけだ」
ナディアが問う。
「ほぼ全量」
重い沈黙。
ブレイン村代表が立ち上がる。
「裏切りか」
「……違う」
使者が首を振る。
「借金だ」
クラフト村は以前の干ばつで多額の債務を抱えていた。
価格暴騰。
今なら一気に返せる。
「理想より、今の飯か」
レオンが呟く。
胸が痛む。
エリシアは目を閉じる。
予想していた。
だが、早い。
「価格は」
ミレイアが板を指す。
「明日、さらに上がります」
密売が市場を刺激した。
投機が加速する。
バルドの思う壺だ。
そのとき、もう一通の封蝋。
王都、ギルド本館。
カイルの紋章。
『連盟内部売却確認。価格はさらに上昇する。今すぐ統制を』
短い。
だが焦りが滲む。
エリシアは広場を見渡す。
全員が不安に揺れている。
「連盟はどうする」
ブレイン村代表が問う。
「罰則を適用します」
静かな声。
「クラフト村は、連盟権限停止」
ざわめき。
「切るのか」
「はい」
痛い。
だが設計だ。
「融通は停止」
「餓死者が出るぞ」
リリアナが言う。
エリシアは一瞬だけ目を伏せる。
「教会の施しは止めません」
視線が交わる。
制度と祈りの役割分担。
「連盟は市場を止める枠組み」
「情は別に回す」
アデルが到着し、扉を押し開ける。
「判断は早いな」
「遅いくらいです」
視線がぶつかる。
「甘さは?」
「捨てません」
アデルは静かに頷く。
「クラフト村代表は逃亡」
空気がさらに重くなる。
逃げた。
罪を背負えない。
「市場は?」
ナディアが問う。
「王都で買い占めが加速」
ミレイアが言う。
「バルド派が動いています」
王都。
バルドは報告を受けていた。
「一村が崩れたか」
笑う。
「連盟は脆い」
セリオが冷静に言う。
「価格は明日、限界値に達します」
「限界まで上げろ」
「反発が出ます」
「それが欲しい」
混乱は利益だ。
再びラグナ村。
夜。
エリシアは板の前に立つ。
連盟――成立。
クラフト――停止。
価格――暴騰。
「……私が広げた」
小さな呟き。
レオンが背後に立つ。
「嬢」
「はい」
「止められねぇのか」
正直な問い。
「完全には」
「でも」
「選びます」
またその言葉。
だが今は重い。
遠くで雷鳴。
雨は、降らない。
干ばつは続く。
そして市場の炎は、頂点へ向かう。
連盟は初めて、内部から崩れた。
次に崩れるのは、信頼か。
それとも――制度か。




