第26話 『担保なき未来』
商人ギルド本館は、王都の中央区画にあった。
高い石柱。
磨かれた床。
壁には各地の穀物価格の推移が掲示されている。
南部の価格は、静かに上昇していた。
干ばつの影は、すでに市場に出ている。
カイル・レンフォードは、長机の向こう側に腰掛けた。
「さて、ヴァルドール嬢」
優雅な所作。
「未来を担保に融資を求めると?」
「はい」
「数字を見せてください」
エリシアは用意してきた帳簿を差し出す。
収穫予測。
備蓄推移。
労働参加率。
修正後目標。
倍返済の再計算。
カイルは素早く目を通す。
「……面白い」
指先で数字をなぞる。
「施しを組み込みながら、依存を抑制」
「はい」
「南区画放棄」
「はい」
「若者の過労」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「……はい」
カイルは顔を上げる。
「あなたは、失敗しています」
静かな断言。
ミレイアがわずかに視線を動かす。
「はい」
エリシアは認める。
「ですが、崩壊していません」
沈黙。
「興味深い」
カイルは椅子にもたれる。
「南部の他村は、すでに備蓄を吐き出しています」
「知っています」
「あなたの村だけが、持ちこたえている」
「はい」
「なぜだと思います?」
「制度です」
即答。
カイルは微笑む。
「違う」
エリシアは目を細める。
「恐怖です」
静かな一撃。
「あなたは村に、干ばつの恐怖を刻んだ」
「……」
「それが統制を生んでいる」
否定できない部分がある。
「だが」
カイルは続ける。
「恐怖は長続きしない」
「だから制度です」
「制度も長続きしない」
鋭い。
「市場が壊れれば、あなたの村も壊れる」
壁に掲げられた価格表を指す。
「穀物価格は上昇中」
「はい」
「今、売れば利益になる」
「売りません」
「なぜ」
「来年の種です」
カイルは笑う。
「理想主義」
「現実主義です」
「現実は、価格です」
「現実は、飢えです」
空気が張り詰める。
ミレイアが口を開く。
「彼女の制度は、再現可能性があります」
カイルがちらりと見る。
「監査官が肩入れ?」
「監査です」
淡々とした返答。
カイルは指を組む。
「融資は可能です」
エリシアの胸がわずかに高鳴る。
「ただし条件があります」
「聞きます」
「ラグナ村の制度を、ギルド管理下に置く」
沈黙。
「……管理下?」
「データは全て提出」
「……」
「将来的に南部へ展開する際、優先権は我々が持つ」
ミレイアの目が鋭くなる。
「囲い込みですか」
「合理化です」
カイルは微笑む。
「あなたの未来は、我々の商品になる」
重い言葉。
エリシアの胸がざわつく。
村は救われるかもしれない。
だが、自由は失われる。
「断れば?」
「他村に投資します」
静か。
脅しではない。
事実だ。
「あなたの村は例外。だが、例外は商品価値がある」
エリシアは目を閉じる。
レオンの顔が浮かぶ。
南区画。
村人たち。
自由か、生存か。
「……少し時間をください」
カイルは頷く。
「明日まで」
短い猶予。
ギルド本館を出る。
石畳の上、王都の喧騒。
ミレイアが低く言う。
「受ければ、村は救われる可能性が高い」
「はい」
「だが、あなたの制度はギルドのものになる」
「はい」
「断れば?」
「破綻の可能性が上がる」
沈黙。
「どうしますか」
エリシアは空を見上げる。
王都の空は、広い。
「……選びます」
また、その言葉。
選ぶ。
背負う。
担保なき未来。
明日までに、決めなければならない。




