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断罪後から始まる泣き虫悪役令嬢の泥だらけ領地再生記 ―追放先の辺境村で干ばつを止めたら、商人ギルドに目をつけられました―  作者: 夜凪ユリエ


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第21話 『崩れた均衡』

 雨のあと、畑は一時的に息を吹き返した。


 中央区画の麦は、かろうじて穂を持ち直している。


 だが、村の均衡は崩れかけていた。


 午前の畑に立つ人数は戻ったが、目に見えない“温度差”が生まれている。


 施しの列に並ぶ者と、並ばない者。


 備蓄を守ることを誇りとする者と、今を生き延びることを優先する者。


 それぞれの正義が、微妙にずれ始めていた。


 エリシアは板の前に立ち、数字を書き換える。


 中央区画――微回復。


 北区画――維持。


 南区画――停止。


 備蓄――緩やかに増。


 だが、その横に書き足す。


 労働参加率――減少傾向。


「……やっぱりな」


 ナディアが腕を組む。


「午後の列が長ぇ」


「分かっています」


 施しの量が増えたことで、心理的な安心が広がった。


 それは悪いことではない。


 だが、安心は緩みを生む。


 そのとき、畑の奥で怒鳴り声が上がった。


「おい、もっと力入れろ!」


 レオンだ。


 南区画を任されていた若者。


 十九歳。


 背が高く、真っ直ぐな目をしていたはずの青年。


 今は、その目に焦りが宿っている。


「中央に移ったからって、手ぇ抜くな!」


 仲間に声を荒げる。


「無理だよ、レオン」


「無理じゃねぇ!」


 鍬を振るう腕が、荒い。


 エリシアは近づく。


「レオン」


「嬢」


 振り向いた顔は、疲労に沈んでいる。


「少し休みなさい」


「休んでる暇なんてねぇ」


「あなたは十分働いています」


「足りねぇ」


 その言葉に、胸がざわつく。


「母さんが……」


 言葉が途切れる。


 レオンの母は、病弱だ。


 施しがなければ、持たない。


「施しに頼ればいい」


「頼ってる!」


 声が割れる。


「でも、それじゃ駄目だろ!」


 周囲が静まる。


「俺が最初に賛成したんだ」


 拳を握る。


「制度に賭けるって」


 エリシアは、言葉を失う。


 彼は、誇りで立っている。


「南を捨てたのは、俺だ」


「違います」


「俺だ!」


 叫びが、空を震わせる。


「だから、取り返さなきゃなんねぇ!」


 無理をしている。


 明らかに。


「レオン」


 静かに言う。


「南を捨てたのは、私です」


「違う!」


 彼は首を振る。


「嬢が決めた。でも、俺が動いた!」


 沈黙。


 ミレイアが遠くで見ている。


 リリアナも、静かに近づく。


「あなたは、誰のために働いているのですか」


 リリアナが問う。


「母さんのためだ」


「なら、あなたが倒れたら?」


 レオンの目が揺れる。


「倒れねぇ」


 その言葉は、空虚だ。


 午後。


 施しの列はさらに長くなった。


 レオンは並ばない。


 代わりに、畑に残る。


 夜。


 彼は倉庫の前で、備蓄の数字を見つめていた。


「……足りねぇ」


 呟く。


 エリシアが近づく。


「何をしていますか」


「計算してる」


 板に書かれた来年の必要収穫量。


 倍返済。


「無理だろ」


 初めて、弱い声。


 エリシアは、隣に立つ。


「無理かもしれません」


「……」


「でも、ゼロではありません」


 レオンは笑う。


 乾いた、かすれた笑い。


「嬢、そればっかだな」


「事実です」


「事実は、きついな」


 風が吹く。


 夜は冷える。


「明日も早い」


 エリシアが言う。


「休みなさい」


「分かった」


 だが、翌朝。


 レオンは一番早く畑に立っていた。


 そして、昼前。


 鍬を振り上げたまま、崩れ落ちた。


「レオン!」


 ナディアが駆け寄る。


 顔色が白い。


 呼吸が荒い。


 エリシアは膝をつき、脈を測る。


 弱いが、ある。


「運びます!」


 リリアナが即座に指示する。


 村人たちが動く。


 母が泣き叫ぶ。


「レオン……!」


 エリシアの胸が締めつけられる。


 これは、制度の副作用か。


 それとも、彼自身の焦燥か。


 ミレイアが低く言う。


「過労です」


「……」


「持続不可能な負荷」


 エリシアは唇を噛む。


 均衡は、崩れた。


 救うはずの制度が、未来を担う若者を追い詰めている。


 干ばつは、まだ本番ではない。


 だが、犠牲はもう始まっている。


 エリシアは、震える拳を握る。


 選び続けるとは、こういうことか。


 明日、また選ばなければならない。


 誰を守り。


 何を削るのか。


 夜は、重く沈んでいった。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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