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断罪後から始まる泣き虫悪役令嬢の泥だらけ領地再生記 ―追放先の辺境村で干ばつを止めたら、商人ギルドに目をつけられました―  作者: 夜凪ユリエ


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第19話 『雨のあと』

 激しい雨は、一晩で止んだ。


 朝、ラグナ村の畑は泥に沈んでいた。


 乾ききっていた土は水を弾き、表面だけがぬかるみ、深くは染み込んでいない。


「……染みてない」


 ナディアがしゃがみ込み、土を握る。


 指の間から、水がこぼれるだけだ。


 エリシアも隣に膝をつく。


 表層は湿っているが、根の届く深さは相変わらず乾いている。


「表面流出です」


 ミレイアが淡々と言う。


「保水力が足りない」


「分かっています」


 エリシアは唇を噛む。


 この雨は、救いではない。


 むしろ――。


「南区画、さらに倒れてるぞ!」


 若者の叫び。


 昨夜の豪雨で、弱っていた麦が完全に倒伏していた。


 根は浅く、泥に埋もれている。


 村人たちの顔色が変わる。


「せっかくの雨なのに……!」


 誰かが叫ぶ。


 リリアナは静かに両手を組む。


「主よ……」


 エリシアは立ち上がり、板を見つめる。


 収穫予測――再修正。


 不足、さらに拡大。


 来年倍返済の壁が、現実的な数字へと変わっていく。


 ナディアが低く言う。


「嬢、これ……無理じゃねぇか」


 正直な言葉。


 誰も責めない。


 ただ、現実が重い。


「無理かもしれません」


 エリシアは、はっきりと言う。


 ざわ、と空気が揺れる。


「でも、まだゼロではありません」


 板を叩く。


「中央区画は持ち直しています」


「南は?」


「捨てます」


 その言葉に、全員が凍りついた。


「……捨てる?」


 若者が呟く。


「はい」


 胸が痛む。


「南区画は、収穫を諦めます」


 リリアナが目を見開く。


「諦めるのですか」


「救えません」


 静かな宣告。


 村人たちの顔が青ざめる。


「じゃあ、あそこで働いた分は……」


「無駄ではありません」


 エリシアは必死に言葉を紡ぐ。


「中央と北に人手を集中します」


「南の畑を見捨てるのか!」


 叫び声。


 怒りと絶望が混じる。


 エリシアは一歩前に出る。


「全てを救うことはできません」


 喉が焼けるように痛い。


「だから、選びます」


 その言葉は、何度も口にした。


 だが今、現実になる。


 ナディアが静かに問う。


「南で働いてたやつらは?」


「中央へ移します」


「納得するか?」


 エリシアは村人たちを見る。


 南区画を担当していた者たちの顔。


 悔しさと怒り。


「納得できなくても、やります」


 沈黙。


 そのとき、サラの母が前に出た。


「私は中央へ行きます」


 皆が振り向く。


「南でやってきたけど……サラを守りたい」


 震える声。


 若者が拳を握る。


「……俺も行く」


 一人、また一人と手が挙がる。


 全員ではない。


 だが、多数は移動を選んだ。


 南区画は、事実上放棄された。


 エリシアは板に、大きく線を引く。


 南――停止。


 その線が、胸を裂く。


 リリアナが近づく。


「苦しい選択ですね」


「はい」


「それでも、選ぶのですか」


「はい」


 リリアナは、静かに頷く。


「……祈ります」


「ありがとうございます」


 ミレイアが淡々と記録する。


「選択と集中。合理的」


 だが、その声もわずかに低い。


 夜。


 エリシアは一人、南区画に立つ。


 倒れた麦を見つめる。


「ごめんなさい」


 誰に向けた謝罪か。


 土に手を触れる。


 冷たい。


 雨は降った。


 だが、遅かった。


 全てを救えない現実が、ここにある。


 背後から足音。


 ナディアだ。


「嬢」


「はい」


「間違ってねぇ」


 短い言葉。


 それだけで、涙が滲む。


「でも、苦しいです」


「そりゃそうだ」


 ナディアは空を見上げる。


「領主ってのは、こういうもんだろ」


 エリシアは黙って頷く。


 干ばつは、まだ本格化していない。


 だが、犠牲はもう始まっている。


 祈りと帳簿。


 感情と制度。


 どちらも、万能ではない。


 それでも。


 エリシアは、明日を選び続ける。


 泥の中で、静かに立ち尽くしながら。

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