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断罪後から始まる泣き虫悪役令嬢の泥だらけ領地再生記 ―追放先の辺境村で干ばつを止めたら、商人ギルドに目をつけられました―  作者: 夜凪ユリエ


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第18話 『それぞれの正義』

 制度継続の決定から、五日。


 村の空気は、表面上は落ち着いていた。


 午前は畑、午後は施し。


 教会のパンは備蓄へ組み込まれ、一定量は即日分配。


 帳簿は毎日更新され、作業効率も徐々に戻りつつある。


 だが。


 目に見えない亀裂は、消えていなかった。


 集会小屋の中で、エリシアは板を見つめる。


 収穫予測――さらに下方修正。


 保水対策の効果はあるが、気温の上昇が予測を上回っている。


「……小干ばつの前触れ」


 小さく呟く。


 その言葉を、ミレイアが拾った。


「気温推移の記録は?」


「簡易的に」


「精度が低い」


「分かっています」


「改善が必要です」


 冷静な指摘。


 エリシアは頷く。


「観測器具がありません」


「王都から取り寄せます」


 即答。


 エリシアが目を見開く。


「よろしいのですか」


「監査対象の正確性向上は、合理的です」


 感情ではない。


 だが、助けだ。


「ありがとうございます」


 ミレイアはわずかに視線を逸らす。


「礼は不要です」


 その様子を、入り口でリリアナが見ていた。


「あなたは、彼女を信頼していますか」


 突然の問い。


 エリシアは少し考える。


「信頼、とは?」


「裏切られないと信じること」


「信じていません」


 即答。


 リリアナの目がわずかに細くなる。


「ですが、必要としています」


「道具のように?」


「仲間として」


 リリアナは微笑む。


「人は、道具ではありません」


「分かっています」


「でも、あなたは人を役割で見ている」


 胸が、ちくりと痛む。


 否定しきれない。


「あなたも、村人を“救う対象”として見ている」


 エリシアは静かに返す。


 リリアナの微笑みが、わずかに崩れる。


「……それは否定しません」


 沈黙。


 二人の間に、違う正義が立つ。


「私は、目の前の空腹を救います」


「私は、未来の飢えを防ぎます」


「あなたの未来は、誰かの犠牲の上にあります」


 その言葉は、重い。


 エリシアは目を伏せる。


「知っています」


 初めて、声が揺れた。


「全員は救えません」


「神は救います」


「人は選びます」


 再び平行線。


 だが、以前のような敵意はない。


 それぞれが、自分の正義を抱えている。


 その日の夕方。


 倉庫で、ガイアが倒れた。


「村長!」


 駆け寄ると、顔色が悪い。


 数日前から無理をしていた。


 労働、調整、対立の仲裁。


 疲労が限界に達していた。


 リリアナがすぐに膝をつく。


「水を」


 ナディアが駆け出す。


 エリシアは脈を測る。


 弱いが、ある。


「休ませます」


 リリアナが静かに言う。


「数日は安静に」


 村人たちの不安が広がる。


 ガイアは、村の象徴だ。


 その夜、集会小屋で話し合いが行われる。


「村長が倒れたのは、制度のせいだ」


 誰かが言う。


「いや、教会との対立のせいだ」


 別の声。


 再び、揺れ始める。


 エリシアは立ち上がる。


「私の責任です」


 ざわ、と空気が動く。


「制度を急ぎすぎました」


「嬢……」


 ナディアが呟く。


「明日から、作業量を調整します」


「甘くなるのか?」


「違います」


 エリシアは板を指す。


「効率を上げます」


 具体策を示す。


 作業の分担見直し。


 高齢者の負担軽減。


 若者への集中配分。


「人を潰しては、意味がありません」


 リリアナが静かに頷く。


「それは、正しい」


 ミレイアも口を開く。


「制度の修正は、合理的です」


 珍しく、三人の意見が揃う。


 それぞれの正義は違う。


 だが、目指す方向は同じだ。


 村を守ること。


 夜が更ける。


 エリシアは一人、板の前に立つ。


 数字を見つめる。


 不足、拡大。


 だが、まだゼロではない。


 窓の外で、雷鳴が鳴る。


 強く、近い。


 風が変わる。


 冷たい。


 エリシアは空を見上げる。


 黒い雲が、これまでで一番厚く広がっている。


 サラが外へ飛び出す。


「雨くる?」


 全員が空を見つめる。


 一滴。


 落ちる。


 次の瞬間、激しい雨が降り始めた。


 土を打つ音。


 村人たちの歓声。


 だが、エリシアは顔を曇らせる。


「……遅い」


 倒れた南区画は、もう回復しない。


 この雨は、救いか。


 それとも、残酷な証明か。


 干ばつは、まだ始まっていない。


 これは、ただの前触れ。


 それぞれの正義を抱えたまま。


 ラグナ村は、本当の試練へ踏み出していた。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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