第17話 『揺れる村』
午前は畑、午後は施し。
その取り決めは、三日で限界を迎えた。
乾いた土に鍬を入れる音は、以前より弱い。
疲労が、確実に蓄積している。
「……腕が上がらねぇ」
若者の一人が座り込む。
午後には教会の列が待っている。
体力は有限だ。
エリシアは板を見つめる。
労働参加率は回復したが、作業効率が落ちている。
数字は正直だ。
ミレイアが冷静に告げる。
「持続可能ではありません」
「分かっています」
「制度が人を潰す」
痛い言葉。
だが否定できない。
広場では、リリアナが子供たちにパンを配っている。
笑顔が戻っている。
その光景に、何人かの村人が安堵の息を漏らす。
「やっぱり、教会に任せた方が……」
ささやきが広がる。
エリシアの胸がざわつく。
ナディアが低く言う。
「嬢、分断が始まってる」
視線が二つに割れている。
制度派と施し派。
小さな村が、裂け始めている。
そのとき、事件は起きた。
倉庫の前で、怒鳴り声。
「なんで俺の分が減ってる!」
中年の男が、備蓄配分に抗議している。
「作業時間が足りなかったからだ」
「午後は並んでたんだぞ!」
「全員同じ条件だ!」
口論が激しくなる。
エリシアが駆け寄る。
「何がありましたか」
「嬢、この男が配分に文句を」
男はエリシアを睨む。
「教会のパンは無償だ! なんでこっちは条件付きなんだ!」
その叫びが、広場に響く。
リリアナが立ち止まり、こちらを見る。
村人たちがざわめく。
エリシアは、深く息を吸う。
「無償は、永遠ではありません」
「分かるかよ! 今がきついんだ!」
拳が振り上げられる。
ナディアが間に入る。
「落ち着け!」
「嬢が俺たちを縛る!」
その言葉は、刃だ。
エリシアの胸を刺す。
だが、逃げない。
「縛っています」
静かに認める。
空気が止まる。
「未来のために」
「未来なんて見えねぇ!」
「見えなくても、作れます」
男は震える拳を下ろし、やがてその場に崩れた。
「……俺は、もう疲れた」
その言葉が、重く落ちる。
リリアナが歩み寄る。
「お休みなさい」
優しく肩に手を置く。
エリシアは、その様子を見つめる。
羨ましい。
慰められる力。
自分には、ない。
ミレイアが低く言う。
「制度は、痛みを伴います」
「はい」
「耐えられない者も出ます」
エリシアは拳を握る。
「全員は救えません」
口にした言葉が、現実味を帯びる。
夜、村は静まり返る。
焚き火の前で、ガイアが言う。
「嬢ちゃん」
「はい」
「このままだと、分裂する」
「分かっています」
「どうする」
問いは重い。
エリシアは空を見上げる。
雲は厚いが、雨は降らない。
「明日、全員で話します」
「また選ばせるのか」
「はい」
ナディアが苦笑する。
「賭け続きだな」
「はい」
翌朝、広場に全員が集まる。
疲れた顔。
揺れる心。
エリシアは中央に立つ。
「制度を続けるか、施しに委ねるか」
ざわ、と空気が揺れる。
「選びます」
リリアナは静かに見守る。
ミレイアは腕を組み、観察する。
村人たちは、互いに顔を見合わせる。
沈黙。
やがて、サラの母が言った。
「私は……制度を続けたい」
小さな声。
「サラに、未来を残したい」
若者が続く。
「俺も」
中年の男は、目を伏せたまま言う。
「……続ける」
完全な一致ではない。
だが、多数は制度を選んだ。
エリシアの胸が、熱くなる。
だが同時に、重くもなる。
これは、全員の選択だ。
責任も、全員で背負う。
リリアナは静かに言う。
「ならば、私は支えます」
エリシアが驚く。
「支える?」
「制度の中で、できることを」
微笑みは、以前と少し違う。
対立から、協力へ。
完全ではない。
だが、歩み寄り。
ミレイアが小さく呟く。
「感情と制度の折衷……」
実験は続く。
干ばつは、まだ来ていない。
だが、村は揺れながらも、崩れてはいない。
それが、今の成果だった。




