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第七章 scene10 ペアリング

厨房が静かになった夜。


料理長は椅子に腰を下ろし、腕を組む。

目の前には料理を味見するサーヤ。

その横顔は、火の落ちた鍋より静かで、湯より深い。


料理長

「どう思う? サーヤ。率直にな」


サーヤは少し考えてから、真正面に向き合うように口を開いた。


サーヤ

「……美味しいです。すごく。

でも――それだけじゃなんか足りないって、思いました」


料理長は薄く笑う。


料理長

「そう。“ここでしか食べられない”まで、あと一歩足りない」


少し間を置いて続ける。


「理由はひとつだ。

料理は完成してるのに……“物語”がない」


サーヤ

「……物語?」


料理長

「ああ。

ただの“食事”で終わらせる気は、俺にはない」


声が少しだけ熱を帯びる。


「湯を楽しんで、

宿を楽しんで、

――“この夜まで含めて旅だった”って思える料理にしたい。なのに今は、まだ“広がらない”」


サーヤの胸に、すとん、と落ちる。

料理長は、真っ直ぐこちらを見る。


料理長

「サーヤ。

プロの料理人の答えじゃなくていい。

おまえは何を感じた?」


サーヤは一度息を吸い、そして少し笑った。


サーヤ

「……ペアリング、どうでしょう?」


料理長

「ペア……?」


サーヤ

「“酒をおいしくする料理”じゃなくて、

“料理が自然と酒を呼ぶ”ほう。

一緒に口にすると、世界が広がるやつです」


料理長の眉が、かすかに上がる。


サーヤ

「この宿の料理って――

丁寧で、優しくて、手を抜かない味ですよね」


料理長

「悪くない評価だ」


サーヤ

「だから、

“強い酒で殴る”方向じゃない気がするんです」


静かに言葉を置く。


「味を壊す酒じゃなくて、

“余韻を長く生かす酒”。

この宿の夜を、もう一歩あたためる酒」


料理長の目が、少しだけ細くなる。


(……いい)


――


サーヤ

「お酒を飲まれるお客様って、大きく三つに分かれると思うんです」


――


A:静かに味わいたい人

→ “香りを重ねる酒”


・香りの厚い白

・軽いハーブ酒

・香草の余韻を足す淡いカクテル


サーヤ

「味を濃くするんじゃなくて、

“香りの階段を一段増やす”酒です」


料理長

「……なるほどな」


――


B:楽しく飲みたい人

→ “料理を明るくする酒”


・柑橘で軽く跳ねる酒

・泡の立つ酒

・鋭く締める軽い蒸留酒


サーヤ

「“おいしい”が “楽しい” に変わる酒。

『今日の夜、まだ続くな』って顔になるやつです」


料理長、思わず笑う。

「それはいいな」


――


C:今日を締める人

→ “安心して終われる酒”


・香ばしい麦

・少し重い赤

・温かく包む酒


サーヤ

「“あぁ、温泉きてよかった”を確定させる酒です」


料理長

「最後の一言まで宿に任せてもらう酒、か」


――


料理長はしばらく黙り、

そして、小さく息を吐いた。


料理長

「……プロじゃない、って言ったな」


サーヤ

「言いました」


料理長は、口元だけで笑った。


「違うな。

おまえ、“客の心”のプロだ」


言葉が落ちた瞬間、

厨房の灯りが少しだけ明るくなった気がした。


その夜から――

《料理 × 酒》の、新しい物語が動き出す。


メニューに添える小さな札。

「この一皿と一緒に、今夜はこれを」


そして――


料理長

「……酒を探しに行くか」


夜風が、少し楽しそうに揺れた。

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