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第七章 scene9 美味しい湯上がり

石畳の廊下に、

湯と料理の匂いが混ざる。


ルフナ湯館の夜は、

静かで――でも確実に「いい夜」の音がする。


皿の軽い音。

小声で交わされる笑い声。

とろりとしたソースの香り。


サーヤは、呼吸を整えた。


(よし。

 今日は――厨房の味を、ちゃんと届ける人になる)


メイド服の袖をきゅっと直す。


料理長の声が飛ぶ。


「サーヤ、4番。

 仕上がったぞ、落とすなよ!」


受け取った瞬間――

(うわ……いい匂い……!)


“今日のご褒美” みたいな香り。

湯気が、ゆるく立つ。


サーヤは――

皿の重さを、ちゃんと両腕で受け止める。

「はい!――4番様、お料理、入ります」


声がいつもより、少しだけ澄んだ。


 

テーブルには、夫婦らしき客。


女性は、ほんの少しだけ疲れた肩。

男性は、湯から上がったばかりの顔で、リラックス。


サーヤは、笑った。


「お待たせしました。

 こちら――

《湯上がりのロースト・白いソース》です」


料理を置く。

ただ置くんじゃない。


ここからですよって、

そっと背中を押すみたいに。


「熱いのでお気をつけて。

 まず香りを吸ってから、

 最初のひと口は、そのままで」


女性が、ふっと笑う。

「……香りを、吸うんですね」


サーヤ

「はい。“美味しい”の始まりは、

 たぶん――鼻から、なので」



男性がフォークを入れる。

切れる音。

ソースが揺れる。


そして――


「………………」


言葉が止まる。


目が、少しだけ柔らかくなった。


女性も一口。

そして――


「あ…………」


ほんの少し笑う。

それだけでわかる。



胸の奥が、少しあったかくなる。

サーヤはお辞儀をして、静かに下がる。


背中で、満たされていく夜 の音がした。




厨房に戻る。


料理長

「どうだった」


サーヤは笑わなかった。

仕事の顔で、ただひとこと。


「届きました」


料理長の口角が。

ほんの、ほんの少しだけ上がる。


「……ならいい」


ルカが横から小声で突いてくる。


「ねぇねぇねぇ、どうだった!?

 失敗しなかった!? 手震えた!? 死ぬほど緊張したでしょ!?」


サーヤ

「震えたし、心臓飛び出そうになったけど――」

胸に手を当てる。


「でも、楽しかった」


ルカ

「最高だね!」


サーヤ、吹き出す。



その夜――


女将は、帳簿を閉じながらふと湯殿の方を見る。


灯りが揺れた。


ルフナ湯館の夜は、

今日もあたたかく続いていく。


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