第七章 scene5 最高の一杯
石造りの厨房は、湯気と火の匂いで満ちていた。
鉄鍋の音。
包丁の音。
料理人たちの短い指示。
見習いのサーヤが入るだけで、少しだけ空気が動く。
女将が腕を組み、料理長が怪訝そうにこちらを見る。
料理長
「で。女将さん。
“見習い”を厨房に呼び出して、何の騒ぎだね?」
女将はピリッと笑った。
「騒ぎになるかは、これから決めるわ」
サーヤに視線。
「――“湯上がりの一杯”とやら、できる?」
料理長の眉が跳ねる。
「おい、いきなり何を――」
女将
「案だけじゃなくて、“味”で聞きたいの」
料理長はため息。
「ここの材料は限られてるぞ。
厨房にあるものでできるか?」
挑戦状だ。
サーヤは頷いた。
(いつものこと。あるもので、最高を作る)
台の上にずらっと並んだ瓶と果物。
氷槽。ミルク。スパイス棚。と、これは魔道冷却石?
(よし)
⸻
1杯目 ――
まず、淡いピンク色の花びらの干し材を少量。湯で軽く戻す。
そこへ――
サーヤ
「すみません、果実酢ありますか?」
料理人が無言で渡す。
(あるんだよね、こういう街は…)
・果実酢をほんのひと滴
・蜂蜜をごく薄く
・クラッシュ氷と冷却水で温度調整
・炭酸は…
無言で料理人が渡す謎の粉。
入れれば炭酸になる魔導粉だ。
(おぉ…いよいよ異世界感)
シュワ…
表面がやさしく揺れた。
香りは甘すぎず、くすぐられる薔薇。
サーヤ
「――ひとつめ。《ローズフィズ/仮》
“女将さんが、鏡を見る前に飲むやつ”です」
女将の眉が動く。
女将
「どういう意味?」
サーヤ
「“綺麗でいたいって思ったまま湯から上がる気持ち”、逃がしたくない人の味」
料理長が、試しに一口。
ほんの一瞬、目を閉じる。
「…おぉ…キツすぎない。冷たすぎない。
――でも、確かに“気持ちが締まる”」
厨房がざわつく。
⸻
2杯目 ――
サーヤは柑橘を切る。
皮ごと少し絞り、
ほんの少しだけ皮を煮て苦味だけ抽出。
蜂蜜ではなく砂糖水。
それを二層にする。
魔導棒で、軽く揺らす。
黄金色がグラスの中で
「ゆらっ」 と揺れた。
サーヤ
「これは―― 《サンライトクラッシュ/仮》
“湯上がりに、もう一回テンションを上げたい人”用」
ルカ
「え、それ私!!」
料理長が飲む。
舌が少し驚いたように止まる。
料理長
「……これはいい」
サーヤは笑う。
「そう、楽しい味です」
⸻
3杯目 ――《ホワイトビア・ドリフト/仮》
最後は真剣。
サーヤは麦茶の樽に手を伸ばす。
(あ、これ……使える)
濃いめの麦茶に、
ほんのり甘味と、苦さを加える。
炭酸粉で泡が――
まるで本物のビールみたいに
ふわっ と盛り上がる。
冷却石でグラスだけキンと冷やす。
料理長が受け取り、無言で飲む。
沈黙。
厨房全員が固まる。
(ダメだった?)
料理長はごくりと喉を鳴らし――
「………………反則だろ」
女将
「反則?」
料理長
「“今日、一日がよかった”って思わせる味だ」
女将が、グラスを軽く傾ける。
次の瞬間、
女将はふっと笑った。
⸻
女将
「…やるわね…あなたの3杯悪くない」
厨房の空気が揺れる。
料理長
「ただし――」
サーヤを見る。
(怒られる?)
料理長
「改良は山ほどだ。
配分の安定。保存。衛生。提供速度。
氷室との温度管理。
もっと磨きがいるだろう」
サーヤ
「はい!」
料理長はニヤっと笑った。
「……女将、この子を《企画厨房要員》 にしてくれ」
女将
「ルフナ湯館の“顔”を作る係ね。でもまずはちゃんとメイドの仕事もできるようになって、ここをちゃんと覚えることね」
ルカ
「やったじゃん!!」
サーヤ、
胸がいっぱいで笑う。
湯の匂いの中で、
新しい居場所が、静かに形になっていく――。




