表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/181

第七章 scene4 お仕事

石畳に、うっすらと湯気がまとわりついていた。


「……わぁ」

サーヤは思わず足を止める。


遠くに見えるのは、白く煙る山肌。

岩肌のあちこちから、細い蒸気が立ち上る。

街のあちこちには、魔導灯と鉄細工の街灯が並び、

小さな噴水の代わりに、ぬるい湯がこんこんと湧き出している。


(温泉街って、こういう感じなんだ……!)


いわゆる“和風”ではない。

石造り、アーチ、色とりどりのタイル。

でも、街全体がふんわりと“湯の匂い”に包まれている。


荷車の代わりの小さなリュックを背負いなおしながら、サーヤは深呼吸した。


「さて、と……」


(まずは仕事探し。

 宿代を気にせず住めるのが理想で……できれば、ご飯つき……)


我ながら現実的…。


商人たちの声が飛び交う通りを進みながら、サーヤは“それっぽい建物”を探す。


「えっと、まずは商会、かな。

 この世界の“ハローワーク”的な……」


大通りの突き当たり。

石の壁に埋め込まれた掲示板と、その奥に高いカウンター。出入りする人の服装も、商人や職人が多い。


(あれ、かな)

サーヤが近づこうとした、そのとき。


「ねぇ、迷子?」

肩口からひょいっと顔をのぞきこんできた声。


「ひゃっ……!」


振り返ると、そこにはフリルのついたエプロンドレスに、きゅっとまとめたポニーテール。

いかにもメイドだろうな、という女の子が立っていた。


年はサーヤより少し上くらい。

ぱっちりした目でじっと見てくる。


サーヤ

「え、あ、ごめん。キョロキョロしてた?」


メイドの子はくすっと笑う。

「してた。“仕事探してます”って顔」


図星すぎる。


サーヤ

「……そんな顔してた?」


「してたしてた。 あ、わたしルカ。あそこの宿で住み込みで働いてるの」


ルカが指さした先には、通りから一本入った坂の途中にある、大きめの建物。


石造りだけど、窓枠や看板は木で、バルコニーには花と湯気が揺れている。


「住み込み?」


「そう。《ルフナ湯館》っていうの。

 うち、今ちょうど人手、探してたよ。

 もし“住み込みで働きたい”なら、女将さん紹介しよっか?」


ナイスタイミングすぎる。


サーヤ

「……いいの?」


ルカ

「もちろん。変な人だったら全力で止めるけど、

 あんた、なんか“働き者の顔”してるから」


サーヤは苦笑しながら肩をすくめた。

「じゃあ、お言葉に甘えて……案内、お願いしてもいい?」


ルカはぱぁっと笑った。

「了解!こっちこっち!」



坂を少しのぼると、《ルフナ湯館》の入口が見えてきた。


大きな木製の扉には、湯気と月をモチーフにした真鍮のエンブレム。


玄関前のベンチでは、湯上がりらしい客がぽかぽかした顔で涼んでいる。


(……いいな、この空気)

ルカが、奥に向かって声を張る。


「女将さーん!新人候補つれてきた!」


「ちょっと、勝手に決めない!」

奥から、きりっとした声が返ってきた。


現れたのは、髪をすっきりまとめ、落ち着いた色のドレスにエプロン姿の女性。


厳しそう――なのに、目尻にはちゃんと笑い皺がある。


ルカ

「ほら、ね?働きそうな子でしょ?」


女将はサーヤを見て、上から下まで “職人の目” で一通り眺めた。


女将

「……ふむ。荷物が少ない。逃げる気はなさそうね」


サーヤ

(チェックポイントそこ?)


女将

「名前は?」


サーヤ

「サーヤです。旅の途中で、しばらく働ける場所を探してます」


女将

「旅人ね。

 で――“何ができる?”」


真正面からの問い。


サーヤは少し考えてから、かっこつけるのをやめた。


サーヤ

「料理ができます。

 パンも焼けるし、簡単なスイーツも。

 それから、接客も嫌いじゃないです。

 掃除と洗濯も、まぁ……やれます。得意ってほどじゃないけど」


妙に具体的な答えに、女将の眉がぴくっと動く。


「旅の途中で、屋台やカフェで働いてました。

 “人の出入りを見る”のは慣れてます。

 あと……」


少しだけ迷って、言葉を足す。


「お客さんが何を求めてるかを観察するのは、

 けっこう得意……かも、しれません」


女将は腕を組んだ。


ルカが横からささやく。


「女将さん、わたしが見る感じね、

 この子、お皿とか落とさないタイプだよ」


女将

「ルカ、あんたはすぐ“フィーリング”で判断しようとするのやめなさい」


と言いながら、女将はサーヤに視線を戻す。

「うちはね、“ただの宿”じゃない」


女将の口調が少しだけ変わった。


「湯だけなら、他にもいい宿はいくらでもある。

 でも、うちは――湯上がりに、ほっとできる一皿

を出す料理宿でもありたいの」


「だから、“ただ運べる手”じゃなくて、

 臨機応変に気をまわせる子、常にサービス向上を求められる子が必要」


サーヤの胸に、ちくっと刺さる。

「……だったら、なおさら、働きたいです」


女将

「具体的には?」


サーヤ

「昼は簡単な湯上がりセットの補助から始めて、

 夜はキッチンを手伝いながら、

 “この街の人が、湯上がりに何を食べたいか”一緒に考えたいです。湯上がりの最高の一杯はすでに提案できるものを持っています」


一度息を吸って、言う。


「それから――

 もし、いつか余裕が出たら、

 “ この宿、いえこの温泉街の味として、お土産になる一品を作りたい」


ルカ

「……お土産……!」


女将の目がほんの少しだけ開く。


女将

「“うちの味を持ち帰れるもの”……ってこと?」


サーヤ

「はい 外から来た人が、ここを思い出せるような。

 “今日泊まってよかったな”って、

 帰り道でももう一回あったかくなるような、そして知らず知らずのうちに宣伝効果もある。そういうやつです」


(あ。ついお仕事モードで言い切っちゃった……)


喋りながら、自分の胸が少し熱くなっているのがわかる。

女将はじっとサーヤを見て――ふっと笑った。


「……ルカ」


ルカ

「なぁに」


女将

「あんたの“勘”、今回は悪くないみたいね」


ルカがどや顔になる。


女将はサーヤに向き直る。

「条件を言うわね」


・基本はメイド兼厨房補助。

・部屋と食事は支給。

・最初のひと月は見習い扱い。

・変な客に絡まれたら、即報告。

・勝手に湯に入りすぎないこと。


「働き次第では給金も上げる。

 “お土産の案”が形になったら、その分も考える」


サーヤの胸がドクンと鳴る。


サーヤ

「……雇って、もらえるんですね?」


女将

「“雇ってほしいです”って顔に出てる」


女将は、手を差し出した。


「《ルフナ湯館》へようこそ。

 ようこそ、“湯上がりの居場所”へ」


サーヤは、その手をしっかり握った。


「お世話になります。

 今日から――よろしくお願いします」


ルカがにぱっと笑う。


「よし!今日からサーヤは“見習い仲居兼キッチン要員”ね。制服貸してあげるから、一緒に似合う結び方考えよ!」


サーヤは笑った。

湯気と笑い声の中で、

サーヤの新しい日々が、静かに始まった。


女将

「サーヤ、着替えたら、最初に厨房へ」


サーヤ

「へ?」


女将

「まずは湯上がりの最高の一杯…よ」


サーヤ

「…はい!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ