第七章 scene3 温泉?
石畳。
午前の光。
吐く息が少しだけ白い。
サーヤは肩から荷物をかけ直して、ぽん、と軽く叩く。
「……あーぁ、飛び出してきちゃったなぁ」
わざと明るい声で言う。
胸の真ん中に空いた穴を、笑いで埋めるみたいに。
ポケットから――時計を出す。
女性ものの繊細なデザイン。
ボルトが「妻が好きだったんだ」と笑って渡したもの。
サーヤ
「ボルトさん……怒るかなぁ」
くるくると光を回す。
(でも怒ってたって、
あのおじいちゃん絶対 “にこにこ怒る” だけなんだよねぇ。またどっかに転生してたりして。)
ふっと口元が緩む。
道を歩きながら、ぽつぽつ独り言が落ちる。
「そういえばさ……」
荷車はない。
パンもない。
ただの“ひとりの旅”。
「ひとりで歩くなんて……
スプーン亭飛び出したとき以来じゃない?」
言ってから、「あ」って顔して笑う。
「……成長してないじゃん、私」
でも、足取りは軽い。
後悔じゃない。
“前向きな未練”くらい。
森を抜け。
小川を渡り。
道が少しずつ、開けていく。
サーヤ
「さて、次の街はどんなところかなー」
鼻歌がでる。
空気の匂いが変わる。
湿り気。
やわらかい蒸気の匂い。
「……あれ?」
風が、少し温かい。
遠くの空に――
白いもくもくが立ち上る。
(煙……?いきなり火事じゃないよね……?)
もう一歩近づく。
……
温かい蒸気の風が、頬を撫でる。
ほんのり硫黄の香り。
サーヤ
「……ん??」
もう一歩。
そして、視界が開いた。
白い蒸気。
湯気の立つ通り。
湯屋らしき?
宿らしき?
湯けむりがゆらゆら揺れる温泉街。
そして――
「“ようこそ!
癒しとご飯と gossip の街へ!”」
めちゃくちゃ軽いキャッチコピーの木札が立っている。
サーヤ
「……………………」
ぽつり。
「えーー!?お、お…」
ぽす、と小さく荷物を落とす。
顔が、じわっと笑いに崩れる。
「温泉!!??」
次の瞬間――
サーヤ、めちゃくちゃ走り出す。
「ちょっと待って心の準備が!
温泉とか予定にない!!
最高じゃん!!!!」
湯気が街に揺れる。
冬の街。
癒しの匂い。
でも――
「ただの観光地」で終わるはずがないのが、サーヤの旅。
温泉街の入口。
立ち止まって、息を整えて。
サーヤ
「……はい。
落ち着こう私。
冷静、冷静……」
胸の奥が、わくわくと、ちょっとだけ不穏。
なにかに出会ってしまいそうな予感。
でも――
「――いいじゃん。それも旅でしょ」
手の中の時計が、やわらかく光った。
次の一湯へ。
物語は、湯けむりの中へ。




