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第六章 scene12 季節

街に冬の匂いが混じり始めたある日のことだった。

風はまだ本格的に冷たくはないのに、

人々は少しだけ肩を寄せながら歩くようになっていた。


カフェの中も、ほんのり寒い。


サーヤ

「……冬メニュー、何にしようかなぁ」


腕を組み、カウンターに頬をくっつける。


常連奥様

「温かいスープが増えると嬉しいわねぇ」


商人のおじさん

「腹にたまるやつもほしいな」


子ども

「甘いのも!」


みんな言いたい放題。


サーヤは笑った。

「欲張りだなぁ、みんな」


でも、その“欲張り”に応えたくなるのが

この店なんだと思う。


だから――考える。


パンだけじゃなく、冬に寄り添える“何か”。


「……あ」


ふっと、ひらめいた。


サーヤ

「――シチューパイ、やろう」


常連

「しちゅー……ぱい?」


サーヤ

「そう、器の上にパイをかぶせるの。

割るとね、熱い湯気が“ふわぁっ”て出て、

スプーン差し込むと“とろ……”って」


言いながら、自分で少し泣きそうになる。


――懐かしい。

『スプーン亭』でのメニュー開発。



サーヤはキッチンの奥に行って、

棚の奥から古い布を取り出す。


包んでいたのは、ひとつの――スプーン。


研ぎ澄まされていない。

少し傷もある。

でも、丁寧な光をしている。


「……父さん」


軽く指で撫でる。


あの店のカウンター。

あの温かい照明。

父の手。


――そして

『スプーン亭特製 シチューパイ』


湯気の香り。

サクサクのパイ。

そして、

かすかに甘いミルクの匂い。

(あれ、結局はメニューに出せなかったけど

父さん気に入ってたなぁ)


胸がぎゅっとする。

思い出すのは悲しみじゃない。


ただ、少しだけ“恋しい温度”。



夜。

試作タイム。


二択。

 ・クリームシチュー

 ・デミグラスシチュー

鍋の前で腕を組む。


サーヤ

「どっちも絶対美味しいんだよね……問題はさ……」


レンゲで味見。

「――正解はどっちか」


ミルクを温めながら、

玉ねぎを炒めながら、

無意識に鼻歌が出る。


(あ……これ、父さんの鼻歌)


ぐつ、ぐつ。

香りが店に満ちる。


クリームの柔らかい匂い。

パンの匂いと馴染む、優しい香り。


サーヤ

「……うん。“白”だな」


サクサクのパイを乗せて焼く。


黄金色。

ぷくっと膨らむ。


スプーンを添えて、

そっとカウンターへ。



翌日。

冬メニュー第一号。


「――今日は、新メニューです!」


客たちの視線が集まる。


サーヤ

「スプーンで割ってくださいね。

湯気で顔火傷しないように」


ぱきん。

ふわぁ。


店内の空気が、一瞬だけ“温かい冬”になる。


常連

「……幸せな匂いだ……」


奥様

「こういうの、必要なのよね。“あったまる”の」


子ども

「これ、好き!」


笑い声が増える。


コーヒーの香りと、

温かいクリームの匂いが混じる。


カウンターの影で、サーヤはひとつだけ

誰にも出さない“特別な皿”を置いた。


小さく、囁くように。

「――いらっしゃいませ。冬、はじまりますよ」


スプーンの横に、

少しだけ笑顔を置いた。


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