第六章 scene6 手紙
ある午後
店は静かな時間帯。
昼の賑わいが過ぎ、夕方の喧騒にはまだ早い。
レオンはコーヒーの焙煎具合をチェックし、
サーヤはカウンター裏を片づけていた。
そのとき――
サーヤ
「……あれ?」
カウンターの引き出しが、妙に重い。
普段と違う手応え。
開けると、中に、封筒が二つ。
整った字で――
『サーヤへ』
『レオンへ』
そして、その奥に
布で丁寧に包まれた 二つの箱。
サーヤ
「……レオン」
声が少しだけ、揺れていた。
レオンが覗き込み、無言で眉を潜める。
⸻
2人、席に座る。
店内の光が柔らかい。
でも胸の奥が落ち着かない。
先に、手紙を開く。
――ボルドの文字。
“もし、これを見つけたということは”
“たぶん私は、もう接客ができないくらいには弱っている頃だろう”
そこで、サーヤの喉がきゅっと鳴った。
続く文字は、静かで、優しくて、
そしてちょっとだけ、寂しい。
“この店はね、私の人生そのものだ”
“妻と一緒に始めて、笑って、泣いて、喧嘩して”
“でも、最後の数年は……ただ『残ってしまった』店だった”
サーヤの視界が滲む。
レオンは黙って読んでいるが、
紙を持つ手にだけ、力がこもっていた。
“君たちが来てから、店は”
““もう一度、生きてた”
“温かい匂いがして、笑い声が響いて”
“あぁ、妻に見せたかったなぁって、本気で思った”
サーヤの涙が、ぽたり。
でも紙は濡らさないよう必死に堪える。
“これは頼みじゃない”
“お願いでもない”
“『選択肢』を渡すだけだ”
“君たちの旅を止めたいわけじゃない”
“ただ、この店を“閉じる”未来だけにはしたくない”
“店がどうなるかは、君たちの人生と一緒に決めてほしい”
そこで、ようやく。
サーヤは、箱を見る。
そっと開く。
――中から出てきたのは
カメラ。
古いけど、大事に手入れされてきた相棒。
レオンの目が――僅かに揺れた。
ボルドの手紙は続く。
“レオンへ”
“これは私の若い頃の相棒だ”
“『今を留めたい』と思うとき、私は必ずこれを持った”
“お前は時々、“遠くを見る目”をする”
“過去でも未来でもなく、“どこにもない場所”を見る目だ”
“なら、今を残せ”
“逃げるためじゃなく”
“誰かの命を“ちゃんと見た”証として”
レオン、息をするのを一瞬忘れた。
握った拳が、震える。
サーヤは何も言わない。
ただ、彼を見ていた。
⸻
サーヤの箱。
そっと開く。
そこには――
女性物のブランド時計。
細く、繊細で、だけど決して安物じゃない。
サーヤ
「これ……」
ボルドの文字が優しく包む。
“それは妻の時計だ”
“とても忙しい人でね”
“でも、何があっても“自分の時間”を諦めない人だった”
“サーヤ”
“君は“急ぐ人”だけど、“焦る人”じゃない”
“だから渡す”
“旅をしてもいい”
“ここにいてもいい”
“君が選んだ時間を、どうか愛してくれ”
サーヤ、声にならない息だけが漏れた。
時計を胸に当てて、目をつむる。
⸻
しばらく――
時間が止まる。
時計の音だけが
“コツ、コツ”
と刻んでいた。
サーヤ
「……ねぇ、レオン」
震えた声じゃない。
静かで、真っ直ぐな声。
「どうするかは、今決めなくていいよね」
レオン
「あぁ」
レオンは少し笑う。
だけど、その笑いは旅人の軽さじゃない。
「でも――逃げる旅はやめような」
サーヤ
「うん」
二人はまだ答えを出さない。
でも、一歩だけ。
“逃げないほう側”に足を乗せた。




