表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/181

第六章 scene6 手紙

ある午後

店は静かな時間帯。

昼の賑わいが過ぎ、夕方の喧騒にはまだ早い。


レオンはコーヒーの焙煎具合をチェックし、

サーヤはカウンター裏を片づけていた。


そのとき――


サーヤ

「……あれ?」


カウンターの引き出しが、妙に重い。

普段と違う手応え。


開けると、中に、封筒が二つ。


整った字で――


『サーヤへ』

『レオンへ』


そして、その奥に

布で丁寧に包まれた 二つの箱。


サーヤ

「……レオン」


声が少しだけ、揺れていた。

レオンが覗き込み、無言で眉を潜める。



2人、席に座る。

店内の光が柔らかい。

でも胸の奥が落ち着かない。


先に、手紙を開く。


――ボルドの文字。


“もし、これを見つけたということは”

“たぶん私は、もう接客ができないくらいには弱っている頃だろう”


そこで、サーヤの喉がきゅっと鳴った。


続く文字は、静かで、優しくて、

そしてちょっとだけ、寂しい。


“この店はね、私の人生そのものだ”

“妻と一緒に始めて、笑って、泣いて、喧嘩して”

“でも、最後の数年は……ただ『残ってしまった』店だった”


サーヤの視界が滲む。


レオンは黙って読んでいるが、

紙を持つ手にだけ、力がこもっていた。


“君たちが来てから、店は”

““もう一度、生きてた”

“温かい匂いがして、笑い声が響いて”

“あぁ、妻に見せたかったなぁって、本気で思った”


サーヤの涙が、ぽたり。

でも紙は濡らさないよう必死に堪える。


“これは頼みじゃない”

“お願いでもない”

“『選択肢』を渡すだけだ”


“君たちの旅を止めたいわけじゃない”

“ただ、この店を“閉じる”未来だけにはしたくない”


“店がどうなるかは、君たちの人生と一緒に決めてほしい”


そこで、ようやく。


サーヤは、箱を見る。

そっと開く。


――中から出てきたのは


カメラ。

古いけど、大事に手入れされてきた相棒。

レオンの目が――僅かに揺れた。


ボルドの手紙は続く。


“レオンへ”

“これは私の若い頃の相棒だ”

“『今を留めたい』と思うとき、私は必ずこれを持った”

“お前は時々、“遠くを見る目”をする”

“過去でも未来でもなく、“どこにもない場所”を見る目だ”


“なら、今を残せ”

“逃げるためじゃなく”

“誰かの命を“ちゃんと見た”証として”


レオン、息をするのを一瞬忘れた。

握った拳が、震える。


サーヤは何も言わない。

ただ、彼を見ていた。



サーヤの箱。

そっと開く。


そこには――

女性物のブランド時計。


細く、繊細で、だけど決して安物じゃない。


サーヤ

「これ……」


ボルドの文字が優しく包む。


“それは妻の時計だ”

“とても忙しい人でね”

“でも、何があっても“自分の時間”を諦めない人だった”


“サーヤ”

“君は“急ぐ人”だけど、“焦る人”じゃない”

“だから渡す”


“旅をしてもいい”

“ここにいてもいい”

“君が選んだ時間を、どうか愛してくれ”


サーヤ、声にならない息だけが漏れた。

時計を胸に当てて、目をつむる。



しばらく――

時間が止まる。


時計の音だけが


“コツ、コツ”


と刻んでいた。


サーヤ

「……ねぇ、レオン」


震えた声じゃない。

静かで、真っ直ぐな声。


「どうするかは、今決めなくていいよね」


レオン

「あぁ」


レオンは少し笑う。


だけど、その笑いは旅人の軽さじゃない。

「でも――逃げる旅はやめような」


サーヤ

「うん」


二人はまだ答えを出さない。

でも、一歩だけ。


“逃げないほう側”に足を乗せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ