第六章 scene5 常連客の評判
◆ 1日目
昼休みの職人たちが、店の前で足を止める。
「…爺さん怪我したって聞いたけど…店開いてる」
「ボルド爺さん、弟子でもいたか?」
恐る恐る扉を開ける。
――香りは“ボルドの店の匂い”。
サーヤが笑顔で迎える。
サーヤ
「いらっしゃいませ!」
工夫が少し効いた、でもやさしい料理。
そして――レオンが淹れた珈琲。
最初のひと口。
「…………ああ、いつもの味、に近い味だ。ま、悪くない」
誰かがぽつりと漏らす。
「爺さんが、若返ったような味だ」
笑いが広がる。
――――――――――
◆ 3日目
疲れ切った顔の女の人が来る。
仕事帰り、少しだけ目が赤い。
サーヤが静かに言う。
「甘いの試食しませんか?」
彼女は笑ってしまう。
「ありがとう。顔にでてた?」
「はい、スイーツ出してって」
出された小さなケーキ。
温かい紅茶。
「……ありがとう。美味しいわ。
泣かないけど、楽になった」
それを見て、カウンター奥でボルドが小さく頷く。
――――――――――
◆ 5日目
無骨な男たちが並び、昼のテーブルで腕を組む。
「問題は、あれだ」
「ボルドの珈琲と比べてどうかだ」
全員、同時に口をつける。
静寂。
そのあと、
「…………くっそ」
「悪くねぇどころじゃねぇだろこれ」
「負けねぇ味しやがるな!」
レオン、耳を掻く。
「褒めてんのかそれ」
「褒めてる!!」
笑いが起きる。
――――――――――
◆ 7日目
ここは元々、“仕事で擦り切れた心がちょっとだけ休む場所”だった。
だけど最近――
「笑い声が増えたな」
「香りが明るくなった気がする」
「なんか……店、若返った?」
そんな声が増えた。
老店主ボルドは、
奥の席で足を休ませながら、静かに微笑む。
――――――――――
「今日も開いててよかった」
ボルドは目を細めた。
―――――――――
ここにきて、ひと月がたとうとしている。
カフェの灯りは落ち、
奥の小部屋だけが静かに灯っている。
窓の外、街の明かりが遠く滲む。
テーブルの上に温かいハーブティー。
だけどサーヤは、ほとんど手をつけていない。
レオン
「……どうした?顔がそれってことは。
楽しい話じゃなさそうだな」
軽い声。
でも、ちゃんと“聞く準備をしている声”。
サーヤ、少し息を吸ってから話し始める。
「今日ね、買い物してたら、
ご近所さんに声かけられてさ」
「“ボルドの具合どうだい?”って」
レオン
「あぁ……」
「で、話したの。怪我は治ってきたよって」
「そしたら――」
言葉が、少しだけ震えた。
「“それならよかった”って……言われるかと思ったのに、ずっと悪かったからね”って」
レオンの目が細められる。
「“前から良くないんだ。
たぶんもう……長くないんじゃないか”って」
静寂が落ちる。
時計の針の音が、やたら大きく聞こえる。
サーヤ
「……ねぇ、レオン」
レオン
「あぁ」
サーヤ
「もしそうだったら――
私たち……どうしよう?」
沈黙の後、
ようやく、言葉になる。
「旅、やめたいわけじゃないよ。
でも――」
「このまま“じゃあお世話になりました”って
行ける気が、しなくて」
拳が膝の上でぎゅっと握られている。
「私たちがここに来てから、店は……ちゃんと動いてる」
「それ、もっとボルドさんに見せたいのに……」
サーヤの声がかすれる。
「見てもらえないまま終わるの、なんか、やだ」
レオンは何も言わず、ただ聞いていた。
軽口は挟まない。
馬鹿な冗談も言わない。
しばらくして、ぽつり。
レオン
「……なぁ、サーヤ」
「“死にそうだから可哀想”って顔じゃないよな。
お前」
サーヤは、びくっと目を見開く。
レオン
「お前の顔……“置いていけない”って顔してる」
サーヤ、俯く。
「……ずるい言い方するなぁ、ほんと」
レオン
「で?」
少し笑いながら。
「何したい?」
“やってあげたいこと”じゃない。
“サーヤが、本当はやりたいこと”。
サーヤ、しばらく黙り。
そして――
小さく、でもはっきりと言う。
「“この店を……終わらせない”でいたい」
「ボルドさんがもしいなくなっても――
“ここはここで生きてるよ”って」
「それを見せたい」
レオン、息を吐く。
そして――肩を竦めて。
「……面倒くせぇ願い言うなぁ。相棒」
小さく笑って。
だけど――
その声には、迷いがなかった。
「付き合うよ」
サーヤの息が止まる。
レオン
「旅は続ける。でも、“逃げる形”では出ていかねぇ」
「それが俺たちの、今の居場所なんだろ?」
サーヤ、笑う。
涙をこぼすほどじゃない。
でも――確かに胸の奥が緩んだ。




