第五章 scene8 確保
早朝の街門。
まだ空は薄青で、世界が目覚めきっていない。
馬の吐息。
荷車の微かな震え。
人の少ない街道。
その少し前を、騎士が歩く。
彼が振り返る。
初めて街を出る少女みたいに周囲を見回す妹。
熊の背負子を軽くした荷を担ぐ熊男。
荷車を引くサーヤと、
軽口を叩きながら、常に全体を見ているレオン。
騎士
「……ここから先は、人の目も手も届かねぇ場所が続くぞ」
サーヤが息を吸う。
レオンは口の端を少し吊り上げる。
熊男はただ前を見る。
妹の手が、少しだけ兄の服の裾を掴んだ。
――歩く。
森に入る。
視界が狭くなる。
風の匂いが変わる。
遠くで動物の鳴き声。
小さな足場の崩れ。
影。
風。
枝の音。
そして――
沈黙。
緊張はある。
でも、「守られている実感」もあった。
騎士がいるだけで、空気が違った。
やがて、森を抜ける。
視界が開け、遠くに丘、さらに先に、新しい街の影。
騎士が立ち止まる。
サーヤと妹の背がぶつかる。
レオンが口笛を止める。
熊男が、静かに騎士を見る。
騎士
「ここまでだ」
妹
「え……?」
騎士は笑った。
あの日、最初に会った時のような嫌な笑いじゃない。
ちゃんと、“仲間としての笑い”。
「ここから先は、人が多い街道が続く。
見張りも多い。
――“表の連中”の手は、届きにくい」
そして続ける。
「しばらくは護衛を張り続ける。
表立っては動かさねぇが、“影”は付ける」
レオン
「ありがてぇ話だな」
騎士、レオンを見て少しだけニヤリ。
「ただし――」
声が低くなる。
「“見失うほど遠くへ行ったら”、護衛は自然に離れる。その時は……自分たちで、生きろ」
熊男、静かに頷く。
妹が、ぎゅっと拳を握る。
サーヤが少し息を吸って笑う。
「ありがとう。あなたが味方でよかった」
騎士は、今までより少しだけ柔らかい目で頷く。
「――じゃあな」
そう言って、背を向ける。
鎧の音が遠ざかる。
熊男は一瞬だけ振り返り、
誰にも聞こえない声で呟いた。
「……ありがとう」
風だけが、それを拾っていった。
街を越える。
人の市場。
匂い。
喧騒。
そして――
また別の街へ。
そこでも、
気配はある。
遠くから見守られている感覚。
妹は少しずつ顔色が明るくなり、
サーヤは笑顔が自然になり、
レオンは時々空を見上げ、
熊男は――無言だけど、
歩く足取りが、軽くなっていた。
そして――ある街
壁に囲まれた、比較的大きな商業都市。
宿をとり、
休息をとり、
空気が少し緩む。
そんな時――
扉が、静かにノックされた。
緊張感が高まった。
入ってきたのは、騎士が寄越した伝令。
だが、表情は強張っていない。
「――報告に参りました」
一礼。
妹が息を飲む。
サーヤが顔を上げる。
レオンが目を細める。
熊男が顎を少しだけ動かす。
「黒幕は――
上官、および協力していた騎士3名。
昨日、拘束されました」
空気が一瞬、止まった。
妹の目から、音もなく涙がこぼれた。
伝令は続ける。
「証拠は確保し、騎士団にも正式捜査に入っています。……もう皆様が狙われる理由は、ありません」
レオン、肩の力が落ちる。
サーヤ、胸に手を当てる。
妹、泣き笑いで言う。
「兄さん……ねぇ兄さん……
これで、やっと……」
熊男は何も言わない。
でも――
ただ静かに息を吐いて、
目を閉じて、
そして。
初めて、本当に救われた人間の顔をした。
「騎士殿より伝言があります」
皆が顔を向ける。
「――“しばらく、この街で休め。
落ち着いたら……また戻ってこい。熊鍋を一緒にたべよう”とのことです!」
レオン
「ま、終わったってこと、だな」
サーヤ、微笑む。
「ここで……
ちゃんと、“生き延びた時間”を実感しよ」
妹は兄の袖を掴んで笑う。
「……ねぇ兄さん。
ここで、また“始めようよ”」
熊男は、静かにうなずいた。
「……あぁ」
――旅は止まらない。




