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第五章 scene7 旅人

夜が明けた。


街の朝は意外と騒がしい。

パンを焼く香り。市場へ荷車が向かう音。井戸の水の跳ねる音。


でも――この小さな家の中だけは、やさしい音がしていた。


サーヤと妹。

腕まくりして向かい合っている。


テーブルには山ほどの具材。

生地の山。

粉。オイル。香草。

焼きたてを想像して思わず笑ってしまう匂い。


「……こんなに作るの、久しぶり」


サーヤ笑う

「旅の始まりはね、いつも“いっぱい作るところ”から始まるのよ」


手は止まらない。

でも空気は軽い。


「兄さんが昔ね……。

遠征から帰ると必ず“腹いっぱい食べたいな”って、

笑いながら言うの」


サーヤ

「……そうなんだ」


「……あの時だって。

たぶん、帰ってくるつもりだったんだと思う」


ミシ、と木製のスプーンを握る指が少しだけ強くなる。


でも――すぐふっと緩む。


「だから今度は、ちゃんと一緒にいかなきゃね」


サーヤは、生地を包みながら静かに答えた。


「うん。

だったら、美味しい匂いが道しるべだよね」


くすっと笑って、


「“美味しい匂い”を、いっぱい用意しよう」


妹は、思わず吹き出した。


「……ズルいわね、あなた。

泣かせそうなこと言うのに、笑顔で言うんだから」


サーヤ

「旅人だからね。泣いたら前が見えなくなるんだ」


二人の手が、同じリズムで動く。

パン生地が次々並んでいく。

音が、希望みたいに積み上がる。



――別室

椅子を囲んで、三人。


テーブルの上には

地図。

紙。

羽ペン。

そして無言の真剣さ。


レオン

「出入口、監視塔、街道の見張り。

“何かあった時に使われる場所”は押さえておきたい」


騎士

「あぁ。

“正面から襲うような真似”はしないだろう。

動くなら、人が少ないところ。夜。あるいは――」


熊男

「……外だな」


二人が黙って彼を見る。

熊男は地図の一点を指した。


「街を抜けて、三つ目の丘。

森の影になる時間帯がある。

“隠れやすい”し、“待ち伏せしやすい”」


騎士

「……お前、まだ騎士の“思考”捨ててねぇな」


軽く笑いながら言う。

熊男は少しだけ、目を伏せた。


「捨てねぇよ。

捨てちまったら……

あの頃一緒に戦ったやつらも、

俺が守りたかったもんも、全部なかったことになる」


レオン

「だから今回は――」


ポン、と熊男の肩を叩く。


「ちゃんと、守りきろうぜ。

お前の大事なものも。もう失くしたくねぇもんな」


熊男は一瞬だけ息を止め、ゆっくりと頷いた。


「……あぁ」


その声は、静かで強い。

騎士が立ち上がる。


「準備は整える。

護衛を表に立たせず、気配だけ張る。俺も動く」


レオン

「俺もだ」


一瞬、空気が和らぐ。


騎士

「……で。

その、旅の途中……」


ちらっと台所の方を見る。


「……あれ、余ってたら……

分けてもらえるか?」


レオン

「お前、緊張感の使い方微妙だよな」


三人、わずかに笑う。


でも――もう覚悟は揃っていた。


そして扉が開く。


サーヤが顔を出す。

小麦粉がほっぺに少しついてる。


「準備、できたよ!」


「朝焼き分も、旅の分も、保存分も!

完璧!」


レオンが手を組んで笑う。


「よし。

じゃあ“盾を持った旅人一行”の出発だな」


騎士は静かに頷き、

熊男はただ短く言った。


「――行くぞ」


その声に、

新しい旅の匂いが宿っていた。

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