第五章 scene6 守る
食堂。湯気が立つ。
妹の手が、小さく震えていた。
注ぎ終わったカップの表面に――波紋。
妹
「……兄さん、大丈夫かな」
サーヤは黙って、それを見守る。
軽くは言わない。
言葉を“安い慰め”にしたくなかった。
妹
「こんなことになるなんて。
兄さん……、傷ついたままでどこにも行けなくなって……
それが、またこんな…」
湯気の向こうで、妹の目が滲んだ。
サーヤ、そっと微笑んで言う。
「……でも、
それでも、お兄さんの帰る場所を作ろうとしているんだね」
妹は、少しだけ笑った。
涙は落ちない。
落としたら崩れそうで――必死に堪えている笑顔。
⸻
扉が、静かに開く。
冷たい夜気が、室内に流れ込む。
その瞬間――
妹の息が止まる。
そこに立っていた兄は、
森で出会った“山の男”とは違った。
怯えも、迷いも、怒りの濁りもない。
ただ――
前を向く者の顔。
熊男
「……ここにいるのは、危ねぇ」
短い言葉。
だけど、その声は揺れていない。
サーヤ
(――あぁ、この人、もう逃げてない)
胸の奥で、はっきり確信した。
妹
「……逃げるの?」
問う声は震えている。
でも“縋る”声じゃない。
兄の選択を、
ちゃんと“聞こうとしている声”。
熊男は首を横に振った。
「違う。お前を守るために一緒に行こう」
静かに言った。
「俺らは、盾を持つ側だ。
ただ黙って撃たれるわけにはいかねぇ」
その言葉に――
妹の肩から、少しだけ力が抜けた。
レオンが笑う。
「黒幕が“動く”なら、俺らが“動く前に消える”のが、生き残るやつの戦い方だ」
軽い口調。
でも、目だけは笑っていない。
騎士が続ける。
「一度、外側へ出るんだ。状況を整える。
……戻る時は、全部ひっくり返すから」
妹は涙を堪えて、笑った。
「兄さん……
ようやく向き合えるようになったね」
熊男は目を伏せ、
少しだけ照れくさそうに笑った。
「……守りてぇもんがあるなら逃げねぇで……
“生き残らなきゃ”なんねぇんだ」
その瞬間。
今まで押し込めていた“時間”が、
兄妹の間で、やっとまた動き始めた気がした。
そして、レオンが軽く肩を叩く。
「――とりあえずだ」
レオン
「命の話は一回置いといて」
にやっと笑う。
「まずは一緒に、パンでも売りに行こうぜ。
腹が減ると、戦う気力もなくなるからな」
騎士
「……お前、緊張感の使い方、独特すぎるだろ」
サーヤ、吹き出してしまう。
妹も――
今度こそ、ちゃんと笑った。
熊男は少しだけ肩を揺らして、
「……好きにしろ」
そう言って、
ほんの少しだけ――
あの山小屋の火の温かさみたいな笑顔になった。




