第五章 scene4 名前
妹の家は、街の外れの静かな通りにあった。
小さな灯り。木の扉。大きくはないけど、大事に整えられた家。
サーヤ
「わぁ……かわいい家……」
妹は少し照れたように笑って、
「狭いですけど、どうぞ」
靴を脱ぐ音。
テーブルの周りに座る3人。
――少しの沈黙。
でも、緊張は不思議と柔らかい。
最初に口火を切ったのはレオンだった。
「なぁ……ちょっと聞いていい?」
妹
「はい?」
レオン
「あの熊の兄貴は……名前、なんて言うんだ?」
一瞬。
サーヤと妹、同時に固まる。
サーヤ
「…………」
妹
「…………」
サーヤ
「…………そういえば 知らない」
レオン
「だよなぁ!!!
あんな命救われて、鍋まで一緒に食って!
“熊男”で通すなよな!!」
サーヤ笑う
「だって本人全然名乗らないし!!」
妹も吹き出す。
「昔からそうなんですよ、
名前、聞かれない限り言わないんです」
レオン
「めんどくせぇ不器用……!
よし、やっぱ本人から聞こう!」
でも、3人とも笑っていた。
湯を沸かしながら、妹はぽつりぽつりと話す。
「今は……街の食堂を手伝っています。
皿洗い、配膳、簡単な煮込みなら、ちょっとだけ」
サーヤ
「料理、好きなんだね」
妹は少し寂しそうに笑った。
「兄さんと……昔、よく話してたんです」
『剣なんていつまでも振るえない。
でも手は動く。腹は減る。
なら――食わせる側になれたらいいな』
『いつか、二人で小さな店やろうな』
サーヤ、胸がぎゅっとなる。
妹は続ける。
「でも、あの日から……
兄さんは帰らなくなって」
「私は、ただ“生きていくため”に仕事をしてただけで……夢なんて、遠い物語みたいに感じてました」
だけど、今日――
「兄さんが生きてるってわかって」
「しかも……兄さんの話を笑ってしてくれるなんて」
涙じゃない。
でも、滲むような笑顔。
「それだけで、もう十分……」
レオンが咳払い。
「……さて」
「湿っぽい話は、鍋食ってからにしようぜ!」
サーヤ、ぱんっと手を叩く。
「そうそう!!今日のメインは――」
机の上に、ぐつぐつ煮える鍋。
熊の肉。
山菜。
香草。
根菜。
がっしりした肉と、優しい出汁の香り。
妹
「……こんな、贅沢」
サーヤ
「贅沢する日だよ今日は!」
レオン
「今日ぐらい、生きてることの祝杯あげなきゃな」
「いただきます」
湯気。
箸の音。
笑い声。
サーヤ
「美味しい……!熊、臭くない!」
妹
「やさしい味……兄さんの味だ」
レオン
「おいサーヤ」
「もし兄貴が名前教えなかったら――」
グイッと鍋を指差す。
「もう “熊吉” って呼ぼうぜ」
サーヤ
「嫌がるよ絶対!!」
妹
「ふふふふっ」
その夜。
悲しい話も。
悔しい話も。
ちょっと笑える昔話も。
全部、湯気に溶かして。
三人は同じ鍋を囲んだ。




