第五章 scene1 真実
熊男が去ったあと。
まだ市場の人々はざわざわしている。
妹の話を聞こうとした、その瞬間。
サーヤが、鋭い声で振り返った。
「――待ってください!!」
騎士が足を止める。
群衆も、息を呑む。
サーヤは一歩、前へ出た。
「あなたも。あなたも来てください」
騎士
「……俺も、だと?」
サーヤ
「はい。あなたも、“あの事件の当事者”なんでしょう?」
「なら――
“外から聞いた話”じゃなくて」
「ちゃんとここで真実を聞いていってください」
騎士がサーヤを見る。強い瞳の。
ただの子どもじゃない。
誰かの人生に踏み込む覚悟の目か。
騎士は少しだけ息を呑み――
黙って近づいてくる。
路地裏、樽に腰掛ける妹。
壁にもたれる騎士。
レオンは腕を組み、静かに聞くモード。
サーヤは間に座る。
「……お願いします。教えてください」
妹は手を握りしめながら、話し始めた。
「兄は……ずっと、不器用な人でした」
「私たちには親もいなくて、兄は私に優しかった。
出世とかより、人を守ることを大事にしてた。わたしの結婚もすごく喜んでくれてた。」
声が震える。
「……あの日」
「遠征の帰り、護衛任務で……
“騎士崩れの野盗”が出たって、報告があったんです」
騎士の眉が動く。
妹
「護衛対象は貴族。兵は緊張してて……
でも――そこで“事件”が起きた」
静かに続ける。
「私の夫……
彼が――護衛対象を襲おうとしたんだそうです」
その瞬間。
騎士の眼が大きく見開かれた。
「…えっ!?」
市場の喧騒が遠くなる。
空気だけが、重く響く。
妹
「兄さんは……止めた」
「でもわたしを想って、彼の“裏切り”を叫ばなかった」
「“喧嘩”で押し込んだ形にして……夫を止めた。
…………でも、夫は無理矢理強行しようとして、谷に落ちた」
声が震える。
「兄さんは泣いてた」
「『すまなかった』って……それだけ」
「それだけ言って、全部背負ったまま、騎士団を辞めて山にこもったんです」
涙が落ちる。
妹
「……それなのに、私は……真実を知ろうしなかった。すぐに兄が“仲間を突き落として逃げた男”だって……噂が流れて、それで怒って……
責めて……」
「兄さんは、何も言わなかった……」
沈黙。
風。
騎士は拳を握りしめていた。
「…………俺たちは」
低く掠れた声。
「裏切りなんて知らない。
“野盗から護衛対象を守った英雄の遠征だった”と……。その手柄を奪おうとして喧嘩になったって。それで、突き落としたって。
上官から……そう、聞かされてた」
レオン
「“喧嘩で仲間が落ちた”話は?」
騎士
「表向きは単なる事故で処理されたと」
「だが――、喧嘩の噂が流れて。問いただしたけど、何も言わなかった。」
顔を歪める。
「裏切りなんて……
そんな話、一度も……一度も聞かされてねぇ……!」
妹
「上官は……」
声が震える。
「『これ以上騎士団を傷つけたくない』って……
『妹さんのためにも、この形で終わらせる』って……」
「そのあと、全部見てたって人が来たの。兄に助けられたこともあったのに、見て見ぬふりをしてすまないって」
レオンが、ふっと笑った。
優しくも冷静な、旅商人の目。
「――そりゃ」
「上官が、なんかしたんだろ」
二人が顔を上げる。
レオン
「裏切り者が出たって認めたら?」
「騎士団の顔が潰れる」
「護衛対象の信用も失う」
「内部の責任問題が地獄みたいに広がる」
「――だから」
指を鳴らす。
「事故で処理するか、最悪“喧嘩”にして潰した方が……
“楽で安全で賢い”判断だ」
どすん、と言葉が落ちる。
サーヤ
(……そうだ)
(誰も救われない真実より――
“それっぽく綺麗な嘘と根回しを選んだんだ)
(でもそのせいで――)
一番不器用で、一番優しい人だけが。
全部背負って、ひとり山に消えた。
妹
「兄さん……」
胸を押さえ、涙が溢れる。
騎士は歯を食いしばる。
「……俺たちが……信じてやらなかったのか。
あいつはただ守っただけ」
声が震えた。
「ただ“楽な方”に乗っかって……
あいつを悪者にして――」
拳で壁を殴る。
肩が震えている。
サーヤは静かに言う。
「――じゃあ」
「どうしますか?」
妹は顔を上げた。
騎士も。
サーヤの瞳は、真っ直ぐ。




