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第五章 プロローグ

市場のざわめきが、一瞬で冷めた。


熊男と騎士が、互いを見据える。

空気が張り詰める。

声が、降りた。


騎士

「……やっぱり生きてたか」


熊男

「……」


騎士

「“喧嘩で仲間を突き落とした男”が、

のうのうと街に顔出してるとはな」


周囲に広がる“知ってる噂”の気配。

囁き。

冷たい視線。


サーヤ

(……そういう扱い、なんだ)


レオン、歯を噛む。

(こいつ……そういう目、受け止め慣れてやがる)


熊男は何も言わない。

ただ静かに、少しだけ、息を吐く。


そして。


踵を返し――

歩き出した。


騎士

「……逃げるのか」


熊男は立ち止まらない。

「……帰る場所なら、ある」


その背中は負けでも、逃げでもなく。

ただ、“もう必要ない戦い”を拒んだだけの背中だった。


 

その時――


「――待って!!」


澄んだ声が、空気を裂いた。


人垣が割れる。

走る足音。

スカートの裾。

金の髪。


少女ではない。

少女の面影を残した、強くて傷ついた“大人の女”。


妹だった。



「…………兄さん」


熊男の肩が、わずかに止まる。


でも――振り向かない。


妹は息を震わせながら近づく。

怒鳴りつけるでもない。

泣き叫ぶでもない。


ただ、会いたかった人を見つけた顔で。


でも。

言葉が出ない。


「……どうして」

やっと出た言葉はそれだけ。


「どうして、あの時……何も言ってくれなかったの……」


市場の視線が揺れる。

騎士も黙る。


熊男は、

前を見たまま静かに言う。


「……言っても、誰も救われねぇ話だった」


「俺が喋れば、お前は“裏切り者の妻”になる」


「黙ってれば、“被害者の妻”でいられる」


風が吹いた。


人の気配が一瞬止まる。


妹の目が揺れる。


「……そんなの……」


声が震える。


「そんなの……私が決めたかった!!」


その声は、

強くて、

悔しくて、

愛していて、

間違えたことを、

今もなお許せていない声だった。


妹の拳が震える。


「兄さんが勝手に……

“私の人生の選択”を奪ったのよ……!」


熊男の指先がほんの少しだけ、握られる。


でも。


振り向かない。


「……悪かったな」


それだけ言って、

彼は――


歩き出した。


人混みに背中が消えていく。

大きくて、

孤独で、

どうしようもないほど優しい背中。


妹は追いかけなかった。


ただ、その場で立ち尽くす。


 


沈黙。


サーヤとレオンだけが、ぽつんと残される。


レオン

「…………なぁ」


妹は顔を覆いそうになって、

それでもこぼれる涙を止めきれなかった。


サーヤ、そっと近づく。

「……話を聞かせてくれませんか」


レオンも軽く頭を下げる。


「俺ら、多分……

アイツの“良いところを”先に見ちまったんで」


妹は涙を指で拭い、少し笑った。


「……ずるい人ね。兄さんって」


そう言って――

彼女は、静かに語り始める。


“あの日の事”。

そして、“真実”。


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