第四章 scene10 発つ
ガーデンパーティーが終わって、陽が落ちた庭はすっかり静かになっていた。
すでに照明も落ち、片付けを終えたテーブルの上に
料理人たちが持ち寄った、余りの料理と、控えめな酒、そして笑顔。
「――かんぱーい!!」
一斉に声が上がる。
カインを筆頭に料理人たちが杯を掲げる。
今日は“仕事の場”じゃない。みんな、ただの“人間の顔”になっていた。
「サーヤ殿!!」
カインがグラスを掲げる。
「今日は……いや、“今日も”、なのですが……
本当に、本当にありがとうございました」
「いやいやいや!」別の料理人が割り込む。
「俺、正直なこと言っていいか?」
「本当は本気で“ガチ勝負”するつもりだった!」
「うんうん」
「なのにだよ。あのレシピ!」
全員、顔を見合わせて笑った。
「勝てるわけねぇだろそんなの!!!」
工房級の大爆笑。
サーヤ、肩を揺らして笑いながら。
「だってさ、勝ち負けの話じゃないもんね」
カインの目が、少しだけ熱を帯びる。
横でレオンがカルツォーネをかじりながら、口をもぐもぐ。
「で、だ!!」
レオン、手を挙げる。
「めちゃ真面目な空気のとこ悪いけど……ちょっと相談!」
みんなの視線が集まる。
「これ――」
指でカルツォーネをつまみ上げる。
「俺らはこれから旅を続けるけど……
このあと、厨房借りていいか?」
少し間があった。
そして。
「——作れ!!!!!」
全料理人、大合唱。
「むしろ作らせろ!!!」
「レシピも置いてけ!!」
レオン、笑って目を細める。
「……ありがとな」
サーヤも微笑む。
(“置いていける味がある”って、こんなに嬉しいんだ)
その輪の横を静かに足音が通り過ぎる。
皆が振り向く。
リリアの父が立っていた。
「楽しそうじゃないか」
一瞬で背筋が伸びる料理人たち。
「旦那様!?」
「こ、これは私ども――」
「す、すぐ片付けますので――!」
父は手を振って止める。
「いい。今日は許す。
“娘の一生に残る日”を作ってくれた人たちだ」
その言葉だけで――
全員の胸が少し熱くなる。
父はサーヤを見る。
「まずは――ありがとう」
サーヤ、深く頭を下げる。
「こちらこそ。素敵な機会を、ありがとうございました」
父は少し笑う。
「ところでな――」
いきなりその目が、完全に“商売人のそれ”になる。
「乾杯の――あの泡立つノンアルコールのドリンク」
「――レシピを買わせてくれないか?」
料理人たち、静まり返る。
レオン、ズコッ
サーヤ、きょとんとしたあと、笑う。
「……理由を聞いてもいいですか?」
父は迷いなく答える。
「あれはいい。“誰もが祝える飲み物”だ」
「あの場にいた子どもたちは、全員主役になれた」
「――その価値は、金になる。
だが金より――“笑顔が増える”」
だからだ、と父は微笑う。
「商人としても、父としても……欲しい」
サーヤ、ほんの少しだけ考えて、笑う。
「売ります」
料理人たち
「売るんだ!?」
「迷わねぇ!!」
サーヤ
「ただし」
父が目を細める。
「――“リリアの名を、どこかに残してください”」
ざわ。
サーヤは続ける。
「あのドリンクは、“彼女の最初の扉の日”の味です。
ただの商品にしたくない」
父は――笑った。
「あぁ。では“リリアズ・ファーストシャンパン”
店に掲げよう」
(ネーミングセンスがやたら良い)
サーヤも笑う。
「最高ですね」
宴が落ち着き、旅に出るための準備も整ったころ。
リリアが走ってきた。
ドレスの裾を少しだけつまみながら。
「サーヤ!!」
ぱっと抱きついてくる。
「ありがとう……本当に“世界って楽しい”って思えたの」
サーヤの胸がきゅっとなる。
「じゃあ――次は、自分で歩いて“世界を見に行く番”だね」
リリアは笑った。
「うん!」
そして、ほんの少しだけ寂しそうに。
「……いっちゃうんだよね」
サーヤは頷く。
「私たちは旅人だから」
リリア、一度ぎゅっと抱きついてから
ぱっと離れ、
――少しだけ大人の顔で笑う。
「なら、また“私の世界”に戻ってきてね」
サーヤも同じ笑顔で。
「呼ばれたら、何度でも」
手を振る少女。
背を向けて歩く二人。
サーヤの胸の中に残るのは――
“守りたくなる笑顔がまた一つ増えた”温度。
そして世界は、
また次のステージへ動き出す。




