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第四章 scene9 招待客

馬車が並ぶ屋敷前。

御者の声、揺れるドレス、きらめく宝飾。

私たちは皆、表情を整えていた。

(――この屋敷の娘が初めて主催するパーティー)


噂は、すでに街中を駆け巡っていた。


「成金の娘が “庭の遊び” を覚えたらしい」

「庶民の食べ物を気に入ったとか」

「まぁ、どうせ“形だけ”でしょ」


そんな声を、私も例外ではなく耳にしていた。


だから――

正直、期待はしていなかった。


庭に足を踏み入れた瞬間、息が止まった。

そこは、ただの庭ではなかった。


緑が整然と並んでいるわけではない。

“完璧に揃えた庭園”でもない。


けれど。

入った瞬間、空気が柔らかい。

花はただ飾られているのではなく、

まるで私達の歩く先を導くように配置され、


風が通る道があって、

座れば会話が生まれる席があり、


中央には――

自然と視線が集まる、

“今日の主役が立つための場所”が用意されていた。


ただ美しい庭はいくらでも見てきた。

けれどこれは――

 


周囲の夫人達も、思わず声を漏らす。


「綺麗……!」

「なんて居心地のいい配置なの?」


“お披露目の緊張”も“見栄の視線”も

この庭では少しだけ弱まる。


不思議な庭だ。


 


そして――


ふわり。

甘く、香ばしい匂いが漂った。

香りだけで「美味しい」と分かる匂いだった。


視線の先。優雅な給仕と共に、

少女達がわくわくした顔で並んでいる。


大きなテーブルの上には――

色とりどりの 小さな料理たち。


ただの見せ物ではなく、

“手に取って楽しむための料理”。


女性たちが囁く。


「まぁ……カナッペ?」

「いえ、違うわ。もっと……可愛い」


どれも “一口の物語” みたいに綺麗で、

でも、怖くて触れない“美術品”ではない。


「どうぞ、楽しんでください」って顔をしている。


そして私は気づく。

きっと“娘”の感性が入っている。

それが伝わる。



ざわめきが静まり、中央の花壇に視線が集まる。



――リリア嬢。

誇りを持った美しい佇まい。

ただ着飾った人形ではなく――

自分の足で立っている娘の姿だった。


彼女は少しだけ震えて、でも、しっかりと笑った。


「本日は、ようこそお越しくださいました」

ただそれだけの言葉なのに。

胸に深く響いた。


これはただの“招待の言葉”じゃない。

「ようこそ、私の世界へ」

「今日は一緒に笑ってくださいね」


そう言っているみたいだった。


 


私は――

驚いたことに、自然に、笑った。


 

その瞬間。


ぱん、と音がして――

泡が立つグラスが一斉に掲げられた。


透明な黄金色。

光を抱く泡。


でも――酒精はない。


それでもまるで

**“夢を飲むみたいなグラス”**だった。


少女たちがときめく。

夫人たちが目を細める。

男性たちも、口元だけ笑う。


(……なんて愛らしくて、なんて誇らしい乾杯)


私はふと思う。


きっと今日を心から楽しみに、そして私たちを楽しませようとしてくれたのね。


それは……

“格式”なんかじゃ測れない価値だ。


そして私は気づく。

ああ、きっと今日の噂は広まるだろう。


「成金の派手なパーティー」ではなく

「優しくて、美しくて、楽しい宴」


そんな噂だ。


 


私はグラスを口に寄せ、微笑んだ。


(……素敵な娘だ。

そして、きっと――この屋敷は、いい未来を迎える)


泡が舌で弾ける。胸の奥で、何かも弾けた気がした。


“今日は、笑っていい日だ”――

本当に、そう思えた。





◆◆◆


私は、ずっと少しだけ――胸が重かった。

「成金の屋敷の娘が、ついに社交の真似事ね」

そんな噂が、嫌でも耳に入っていたから。


正直言うと。今日の招待状を受け取った時だって、


“義理だし”

“顔を出して帰ろう”


それくらいの気持ちで来た。


……なのに。


庭に入った瞬間、

胸が――ふわっと軽くなった。


そして、中央に立つ彼女を見た時。

――リリアって、こんな顔する子だったっけ。


私は知っていた。


体が弱くて、いつも窓の向こうから世界を見るみたいにしていたこと。


侍女たちに守られて、

遠いところにいるみたいだったこと。


だから私は「儚いけど、少し遠い子」だと思っていた。でも今、目の前にいる彼女は違う。


少し緊張してるくせに、

ちゃんと笑って、私達を迎えている。

胸の奥が、少し熱くなった。

(……ずるいなぁ)



乾杯。

差し出されたグラスを持つ。


黄金色の泡が、光を抱いて揺れる。

ひんやりしてて、手に吸い付くみたいで――

胸がくすぐったくなる。


お酒じゃないのに、“大人みたい” に感じた。


唇を寄せる。

はじける泡。

甘くて、爽やかで、少しだけ胸が高鳴る。


「……わぁ」


思わず声が漏れた。

ただの飲み物じゃない。


「今日から始まる日」

「ここにいるみんなで笑う日」


そんな魔法が溶けてるみたいだった。

グラスを掲げる手が、誇らしかった。



◆◆◆


そして。

白く薄い生地と

たくさんの果物。クリーム。ソース。色とりどりの飾り。


ただ“作られたお菓子”じゃない。

一つ一つが、「あなた、どんな願いを込める?」

って問いかけてくるみたいで。


侍女が優しく言う。


「お選びくださいませ。

“あなたの一皿” を、完成させましょう。」


胸が、きゅっと掴まれた。


“私の好き”を、選ぶの?


そんなの――

こんな優しい誘い、ずるい。

指先が震えるほど、幸せだった。


私は苺と桃を選んだ。

ハチミツを少し。

それから、薄く紅茶の香るソース。


「世界で一番綺麗な“私のスイーツ”だ」



少し遠くで、リリアが笑っていた。

楽しそうに、胸いっぱいに息を吸っている顔だった。


これはきっと――

ただのパーティーじゃない。


リリアの「世界が始まる日」


その場に立ち会えたことが、ほんの少し、誇らしい。

明日、リリアと話したい。



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