第四章 scene8 本番前
庭のパーティーが終わり、夕暮れ。
従者たちの笑顔が引いていったあとも、庭にはまだ温度が残っていた。
リリアは従者たちから言葉を受けて胸を押さえていたし、サーヤは胸の奥が熱くてたまらなかった。
でも、ここからが本番。
―― 調整の時間
応接間。
重厚なソファ、深い色の木の机。
父親は腕を組み、サーヤたちを見据えていた。
横にはカイン。
穏やかな笑みの奥に、料理人としての戦場意識。
サーヤは、姿勢を正して座る。
父親が口を開いた。
「――今日の宴」
短く間。
「悪くなかった」
サーヤはガクッと少しだけ肩の力を抜いた。
だがすぐに父親は続ける。
「だが、次は“遊び”では済まんぞ」
「娘の初めてとはいえ、
招くのは――同じ階級以上の貴族たち。
目利きも多い。噂好きも多い。
“娘の将来”と“屋敷の格”も背負う」
(つまり、失敗は許されない――)
しかし、カインが前に出る。
「承知しております、旦那様」
穏やかだが、芯のある声。
「ですが――」
静かに庭を見た方へ目を流す。
「今日の従者の宴で確信いたしました。
“ガーデンパーティー”とは、
豪奢さを見せつけるものではございませんね」
「“この庭で、いかに楽しんでいただくか、それに尽きるようです」
父親の眉が動いた。
カインは続ける。
「格式は壊さぬ範囲で――
“リリア様の息吹”を中心に置いた宴を共に創らせてください」
父はしばらく沈黙したあと――
サーヤを見る。
「……お前はどう考える?」
サーヤはまっすぐ答えた。
「はい、豪華な見せ物じゃなくて――
帰った後に思い出に残る宴にします」
静かだが、強い声。
「“リリア様が、胸を張れる日”にします」
父親は――
ふっと息を吐いた。
「……わかった」
短いが、重い了承。
「ただし。“庶民の遊び”では終わらせるな。
貴族の舞台だ。“特別な誇り”を思い出と共に残してほしい」
サーヤ、深く頷く。
「はい」
カインも頭を下げた。
屋敷の奥、鏡張りの部屋。
リリアは緊張した顔でドレスを前に立っていた。
豪奢すぎる宝石のようなドレスではない。
けれど――柔らかく、光を受けるたび咲くような布。
母が優しく笑う。
「あなたが“外に立つ日”のために、
あの人が、いつか着てほしいと
仕立てさせていたドレスなのよ」
リリアの瞳が揺れる。
「……お父様が?」
母はそっと背に手を添える。
「あなたに“外の世界を歩いてほしい”って。
でもそれを言うには、不器用すぎる人だから」
(あぁ――)
胸が熱くなる。
母は鏡越しに娘を見つめる。
「どこかの成金の娘じゃなくて――
リリアがリリア自身として立つ日なの」
リリアは――
少し震えながらも、まっすぐ鏡を見る。
「……はい」
⸻
庭。
レオンが腕まくりをしていた。
横には、屈強な庭師たち。
年配の庭師頭が眉をひそめる。
「で?兄ちゃん。
“ただ並べりゃいい”んじゃねぇんだろ?」
レオン、ニヤリ。
「もちろんだ」
彼は庭を指差す。
「ただ美しい庭じゃ足りないんだ」
レオンは芝の上を歩きながら言う。
「ここは“入り口”。
足を踏み入れた瞬間、緊張がほどけるように」
次の位置へ。
「ここは“心がほどける場所”。
友達と笑い合えるように」
最後に中央。
「ここで――“主役が輝くスポット”を作る」
庭師たちの目が変わる。
(こいつ……ただの旅人じゃねぇ)
レオンは笑う。
「なぁ、俺たちで――
“帰りたくなくなる庭”つくろうぜ」
庭師頭、鼻で笑い――
「……気に入った」
「乗ってやるよ。“お嬢の初舞台”の庭だ。
最高の舞台にしてやらぁ!」
男たちの士気が一気に上がる。
木が動き、
花が摘まれ、
配置が変わっていく。
庭が――ただの庭から
**“物語を持つ場所”**へ変わっていく。
レオンは空を見上げた。
父は責任を背負い。
母は娘を送り出す準備をし。
カインは誇りに腕を賭け。
レオンは舞台を整え。
サーヤは――心を繋げる宴を描く。
そしてリリアは――
“はじめて自分の足で立つ日に、向かっていく”。
――本番は、もうすぐ。




