第一章 scene4 お見舞い
―コン、コン。
部屋の扉が、遠慮がちな音を立てた。
「……サーヤ、入っていい?」
おずおずと顔を覗かせたのは、少し年上の女の子だった。
栗色の三つ編み。
ほんの少し日焼けした頬。
素直そうだけど、どこか気の強さもある目。
手には、小さな布包み。
「リナ……?」
口が自然に動いた。
(あ、知ってるのねこの子。体が覚えてる感じ…)
女の子――リナは、ぱぁっと顔を明るくした。
「よかった!ほんとによかった……!」
タタタッと走り寄って、ベッドの横で両手をぎゅっと握る。
「いきなり倒れるんだもん!
店の前でバタンて聞いて……!
おじさんが背負って運んで……!」
サーヤは一瞬固まる。
(……店の前で倒れたのね、この子)
リナは息を整えて、布包みを差し出した。
「これ! うちの母さんが。“甘いものは元気の薬だ”って!」
包みを開くと、素朴な焼き菓子がふわっと香る。
優しい匂い。
胸が少し温かくなった。
「ありがとう、リナ」
微笑むと、リナは少し気恥ずかしそうに笑った。
「サーヤ、最近ずっと無理してたでしょ。
おじさんの手伝いも、学校も、
洗濯も、買い出しも、ぜーんぶサーヤじゃん」
心臓が、小さく鳴った。
(……そう、だったんだ)
サーヤは、あえて軽く尋ねる。
「……ねぇ、リナ。
この店って、今……どんな感じ?」
リナは言葉を選ぶように、少し黙る。
「……昔はね。“スプーン亭”って言ったら、誰でも知ってた」
「安くて、お腹いっぱいで、“あったかい味”って有名だったの」
「でも、奥さん、サーヤのママがいなくなってから――」
声が小さくなる。
「客、減ってきてるみたい。今、来るのは、おじさんの昔からの常連くらい」
サーヤの心の奥が、キュッと締まる。
(やっぱり……)
(ハルト、ひとりでずっと踏ん張ってるんだ)
「ねぇ、リナ」
少し勇気を出して聞いた。
「……文字、教えてくれるところってある?」
リナの眉が跳ね上がる。
「――勉強するの!?サーヤが!?」
めっちゃ驚かれた。
どうやら、この身体のサーヤは、「勉強嫌い」だったらしい。
リナは慌ててフォローする。
「あぁ、えっと、そうじゃなくて。ただ……文字はあまりね。ほら、学校行く前に店手伝うし、帰っても手伝うし」
(あーーー……完全に“家族を助ける子ども”だ……)
「でも、学舎はあるよ。教会の横。先生は怖いけど、優しいよ」
そしてぐっと近づくリナ。
声を落として、囁いた。
「……サーヤ、おじさんの力になりたいのね。
サーヤ、前はもっとよく笑ってた」
サーヤは息を飲む。
「でも、こころのとろ大変そうで、あんまり笑わなくなったなよね。泣きもしないけど、笑いもしない。
ずっと我慢してる感じ」
リナの瞳が、優しく揺れる。
「だから――今のサーヤ、楽しそうでちょっと好き」
ドキッとする言葉だった。
サーヤは、
その「昔からの友だち」が言ってくれた言葉が、胸の奥にじん、と染みた。
(サーヤ……あなた、本当に、よく頑張ってたんだね)
(じゃあ今度はわたしがあなたの人生、ちゃんと背負わなくちゃね)
サーヤは笑った。
今度は、ちゃんと笑えた。
「ねぇ、リナ。これからも、いっぱい教えて?」
リナは笑顔で頷いた。
「まっかせて!」
部屋に、少しだけ暖かい風が吹いた気がした。




