第三章 scene9 新しい街
◆ 出発の日 。
最後の仕込みを終えたカルツォーネの香りが、居酒屋の厨房に満ちていた。
親父が、腕を組んでふんぞり返る。
「……で?」
「その“旅の看板商品”を置いてかねぇつもりか?」
サーヤ
「いやいや!それ売るやつ!!」
親父
「5個置いてけ。文句あっか」
レオンはニヤニヤしている。
「置いてけ、だってよ」
サーヤは笑う。
「……はいはい、分かったよ。惜しみながら食べてよね、親父!」
親父は鼻を鳴らし、ぐっと顎を上げた。
「大事に大事に食べてやるよ」
外へ出る。
風が気持ちいい。
「じゃあ――行くか」
「うん。行こっか」
カルツォーネの香りの残る街をあとにして、
サーヤとレオンの旅の荷車は、静かに動き出した。
しばらく旅を続け、やがて視界が開ける。
そこは前の街よりも遥かに賑やかで、人がごった返す大都市。
露店。
客。
商人の怒鳴り声。
演奏。
喧噪。
レオンが顎をしゃくる。
「――商会に行くぞ。
ここで商売すんのに、素人突撃は自殺行為だからな」
商会は、でかくて立派で、そして仕事の匂いがした。
手続き。
説明。
試作。
審査。
結果――
「許可する」
商会のお偉い顔が、満足そうに笑った。
「味は問題ない。それどころか――話題になるだろう。厨房も貸そう。仕込み場所も提供する。
売り場も手配してやる」
レオン、満面の笑み。
「助かります!」
サーヤ、胸に手。
ちゃんと“仕事として”認められた……!
そこから二日、三日。
怒涛の忙しさが続く。
驚いた顔。
笑顔。
子どもがかぶりつく。
疲れた労働者が無言で何度も買いに来る。
貴族っぽい女性が、ひそかに連日まとめ買い。
評判は完全に、広がっていた。
―――――――――――――――
三日目の営業を売り切れで終わり、片付けをしながら
胸の奥がくすぐったかった、その時。
「なぁ、あんたら」
背後から、低い声。
レオンが振り返り、眉をひそめる。
数人の男がこちらを囲んでいた。
身なりは悪い。
目は笑っていない。
通りは人の流れが少し落ちた時間帯。
喧噪の影になった路地側。
空気が少しだけ――重くなった。
「……仕事終わりで悪いな」
先頭の男が笑う。けれど、それは陽気じゃない。
「ちょっと――“話”があってよ」
サーヤ、静かに息を吸う。
(あ、これ――)
旅を続けるということは。
売れるということは。
認められるということは。
同時に――
“誰かの利益を踏みつけた可能性がある”
ってことなんだ。
レオンが前に出る。軽い笑み。
だが目だけ鋭い。
「――で?」
「どんな“話”だ?」
男たちの笑みが、さらに薄く深くなった。




