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第三章 scene6 親父の希望

店に帰ると、親父はもう椅子に腰掛けて待っていた。

昨夜より、少しだけ真剣な顔。


「……さてと。じゃあこっからだな」


レオンが背もたれに寄りかかる。

サーヤは姿勢を正す。


親父は、指でカウンターを軽く叩いた。


「夜だけで、この店はやれてる。

酒も料理も、評価は悪くねぇ。

常連も、ここが好きだと言ってくれる。……でもな」


少し寂しそうに笑う。

「“昼”の顔が、ねぇんだよ」


サーヤは静かに聞く。


「昼間……酒場は少し“重い”。

旅人は用心する。

女も子どもも入りづらい。

商売人は急いでる。

家族は肩肘張りたくねぇ」


「ああ、それ、分かる」

レオンがうなずく。


「俺、何度も経験してきた。

昼の店って、“場違い”な気分になんだよ」


親父は、カウンターの向こうを眺めた。


「でもな……昼でも扉を開けて、

気楽に入れる店でありたいんだよ」


静かな言葉。

重くないのに、胸に残る。


サーヤの胸が、きゅっと鳴る。


(旅の途中の人にも

仕事帰りの人にも

居場所を探してる誰かにも…おかえりが言える店か)


親父が笑う。


「そこで——だ。

だからこそお前らみたいな“旅の途中の奴ら”に聞きたい」


陽が高くなる頃。

サーヤとレオンは再び街に出た。


朝とは違う熱。

パンの香り。

汁物の湯気。

客呼びの声。

人々の生活の匂い。


だけど――

サーヤは首を傾げる。


(……賑やかだけど、落ち着けない)


「どう思う?」

レオンが訊く。


サーヤは少し考えてから、答えた。

「“通り過ぎる昼”が多い、かな」


「?」


「ほら。ここって、

“食べに来る場所”は多いけど——

“座りに来る場所”が少ない感じ」


レオンは、ぽんと手を打つ。

「……あぁ……なるほど。それ、分かる!」


旅人の目が光る。

「腹は満たされるけど、心が息つけねぇ場所ってあるんだよ。“さぁ食ったな?ほら帰れ”って街の空気」


サーヤは笑う。


「お店の人が悪いんじゃない。

“昼=急ぐ時間”って空気なんだよね」


しばらく歩いて。


広場の端に座って食べている家族。

路地に腰を下ろしてパンをかじる旅人。

影を探して立ち食いしてる労働者。


サーヤは静かに呟く。


「……“ここで、少し座っていいよ”って言ってあげられるお店が、足りない」


風が抜ける。


レオンの口から、自然に漏れた。


「“昼でも灯りがある店”だな」


「うん」


「“酒場の夜”じゃなくて」

「“旅籠の朝”でもなくて」


サーヤとレオンの声が重なる。


「“昼でもおかえり”って言ってくれる店」


2人は顔を見合わせて笑った。


―――――――――――


サーヤは、胸の奥をそっと撫でた。


(前の世界で——

仕事帰り、重い気持ちを抱えて、寄り道したのは)


(ただ座って、“よく来たね”って顔を向けられて、

それだけで泣きそうになった日のこと)


(“食べるための場所”じゃなくて——

“戻ってきたい場所”)


―――――――――――


レオンもまた、遠くを見る目をした。


「旅してるとさ。

居場所がなくなる瞬間って、突然来るんだよ」


「仕事失って」

「仲間と別れて」

「街を出なきゃいけなくなって」


「でも……腹は減るんだ」


笑いながら言って、そして、少しだけ真顔。


「そんな時、“おい、座れよ”って言われる店がな。

命綱みたいに見えるんだよ」


サーヤは微笑んだ。


「それを——」

「ここで、やろうか」


レオンが笑う。


「やろう」


昼の喧騒の中。


2人の足取りが、少しだけ軽くなった。

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