第三章 プロローグ
出発前日——
工房の朝は、パンと笑い声の匂いで満ちていた。
レオンの荷車はもう準備万端。
旗もついた。箱も積んだ。「旅の準備、完璧!」って顔。
親方は腕を組んで仁王立ち。
奥さんはハンカチ片手に感動の準備。
レオンが手を差し出す。
「行くか、相棒」
胸に込み上げるものがあって――
サーヤは、ぎゅっと――
――その手を握らなかった。
「……レオン」
「ん?」
「ごめん、まだちょっと待って!!」
レオン「は???」
親方「えぇぇぇぇえええ!?」
奥さん「今!?このタイミングで!?」
工房が爆発した。
サーヤは早口の嵐。
「だって!!
無計画で出発なんかしたくないじゃない!」
レオン「??????」
サーヤは胸に手を当てる。
「私達は“何かを届ける旅”をするんでしょ?
だったら、ただの物売りじゃなくて――
この旅の象徴になるメニューが必要よ!」
沈黙。
親方と奥さんが顔を見合わせ――
同時に叫んだ。
「それもっと早く言えぇぇえええ!!!」
⸻
サーヤ お題!パンで包む!
親方「旅で焼くなら!焼き上がりが早くて!冷めても美味くて!匂いで客寄せ出来るモンじゃねぇとダメだ!!」
弟子「火加減どうする!」
「生地厚いと固いぞ!」
「チーズとベーコンの油どうする!」
サーヤは真ん中で指揮官みたいに叫んだ。
鉄板王道包み
トマト+とろけるチーズ+ソーセージ
サーヤ「これは絶対外せない“みんなの味”!
トマトは酸味を立たせすぎない!
ソーセージは塩気控えめ、噛んだ瞬間肉汁!」
レオン「俺、試食係な!!(ドヤ顔でかぶり)」
熱くて悶絶!でも顔は幸せ
親方「……こいつは……売れるな」
工房ざわつく。
⸻
ちょい贅沢包み
キノコとベーコンの濃厚クリーム
奥さん「これは、女性が好きそうねぇ」
サーヤ「いや全人類好きだからそれ」
問題発生。
・火が強いと焦げる
・弱いと煮詰まらない
・具材は出すぎる
親方怒鳴る。
弟子走る。
レオンつまみ食い。
成功した瞬間――
湯気と一緒に、ふわっと立ち込める香り。
バター。
ベーコン。
森の香りのキノコ。
工房が一瞬静まり――
ドンッッッ!!!
机叩く音。
親方「これが……戦場(旅)の飯で出てきたら泣くぞ……!」
レオン「俺もう泣いてる」
奥さん「優しい味ねぇ」
サーヤ ちょっと誇らしい顔。
⸻
デザート包み カスタード+果実
最初は笑われた。
弟子「甘いもん……?」
親方「デザートなんざ後回しだ!」
でも、焼き上がり。
割る。
甘い香り。
ほんのり焦げたカスタード。
とろんとした果実。
親方、無言で食べる。
奥さん、胸に手。
弟子、肩震える。
そして。
工房が、静かに幸福に満たされる。
親方、鼻をすすり――
「……これは……帰り道に必要な味だ……」
奥さんの肩、震える。
レオン真顔。
サーヤ「……へへ」
親方「よし!!名前を――付けようじゃねぇか!!!」
弟子たち「おおおおお!!」
奥さん「看板も作るわ!!」
レオン 胸叩く。
「これを抱えて国を回るのか……悪くねぇな」
サーヤ。胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。
これが始まりの味!
工房の灯りの下。
三つのカルツォーネが誕生した夜は――
パン屋全員の笑い声で朝まで明るかった。
パンも焼き終わって静かな工房。
湯気の代わりに、落ち着いたパンの香りだけが残っている。親方がパン切り用の台に腰を下ろす。
渋い顔で、ぐいっとカップを飲み干した。
「……ところでよ、レオン」
レオンが、少し身構える。
「なんだよ、親方」
親方はパン屑を指で払ってから、じろりと睨む。
「お前、今まで何売って生きてた?」
沈黙。
弟子たちが “聞きたい!!!” 顔で耳を伸ばしてる。
レオンは、後頭部をガリガリかく。
「…………夢」
工房、一瞬静まり返る。
弟子①
「え?」
弟子②
「夢……?」
親方
「…………は?」
レオン、肩で笑う。
「“これから絶対来る!新時代の便利グッズ!”
“人生が変わる魔法の道具!”
“これを買えば成功間違いなし!”」
親方
「詐欺師じゃねぇか。」
レオン、慌てて手を振る。
「違う違う違う!!!
ただ――」
そこで、苦笑。
「どれも……“俺が思ってたほど、誰も幸せにならなかった」
弟子たちが静かになる。
親方も、腕を組んだまま聞き続ける。
「売れるんだ。だから金は入った。
飯は食えた。寝る場所もあった。
でもな――『ありがとう!助かったよ!』って笑う顔より『買っちまった……』って顔を見る回数の方が、多かった」
ぽつりと落ちる声。
親方、顎を撫でる。
「腹が減った奴は、“嘘では満たされねぇ”
うまいもん食って笑った顔は、俺でも分かる。本物だ」
親方の口が、にやりと歪む。
「……いいじゃねぇか、くだらねぇ夢売るより――
腹満たして笑わせる商売の方が、100倍マシだ」
「それに――」
「“あの娘が焼いたパン抱えて”旅する奴だ。
悪い商売人にはならねぇだろ」
「……責任、あるな」
親方、ニヤッ。
「あるとも。あれはただのパンじゃねぇ。
“人生の立て直し一発目”の味だ」
レオン
「……重っ!」
弟子たち
「でもかっこいい!」
「責任重大だー!」
最後、親方がぽんとレオンの背中を叩く。
「だから絶対、投げ出すなよ。逃げんなよ」
レオン、真顔で頷く。
「……あぁ。」
工房に、静かだけど熱い空気。
そして親方。
「で、だ」
にやぁ。
「今まで売ってた“クソみてぇな商品”の失敗談、
朝まで聞かせろ」
弟子たち大歓声。
「やめろおおお!!!」
――笑い声が、夜の工房に響いた。




