第二章 scene14 洗礼
パン屋の朝は、もう戦場だった。
大量の粉。
熱気。
弟子たちの威勢のいい声。
そこにひょろっとした青年一人。レオン。
場違いすぎて、完全に浮いている。
サーヤはずかずかと親方のところへ向かう。
「親方。ちょっと相談があるの!」
親方は粉まみれの腕を組んで振り返る。
「なんだサーヤ。新作か?それともまた革命でも起こす気か?」
「革命ってなによ」
苦笑しつつ、サーヤは横へ身を引く。
レオンが、露骨に不安げな顔で立った。
親方「…………」
奥さん(店の奥からニコニコ登場)
「あら〜?どなたかしら〜?」
弟子たち
「誰だ?」
「彼氏?」
「違ぇって顔してんな」
工房の全視線が集中。
レオンは一瞬で固まる。
「…………あ、えっと」
親方、低い声。
「……誰だ、お前は」
レオン「レオンです!!(声だけ元気)」
親方「職業」
レオン「旅の移動食堂の店主やってます!!」
親方「なぜここに」
レオン
「………………」
サーヤの方を見る。
サーヤ、目だけで「喋れ」と命じる。
レオン
「サ、サーヤを――連れて行こうと……!」
工房が一瞬でどよめく。
弟子1「さらっと攫う宣言したぞ!?」
弟子2「おい親方武器!武器!!」
弟子3「パンこね棒持ってこい!!!」
親方が、ずいっと前に出た。
壁のような迫力。
「おい、旅の小僧」
レオン、背筋ピーン。
「は、はい!!!」
親方は、レオンの目をまっすぐ見て言った。
「――で?」
「…………え?」
「サーヤをどこに連れて行く」
「お前はどれくらい稼げて」
「どれだけ危険な目に遭っても」
「どこまでもコイツを守れるのか」
質問が重い。
重いのに、声は静か。
親方は笑わない。
奥さんも笑わない。
それは――
“娘を外に出すときの、親の目” だった。
レオン、のどを鳴らす。
「……危険な旅です。
盗賊もいる。天候も荒れる。
雨で眠れない日もある」
弟子たちが一瞬黙る。
「でも――
俺は俺自身を“楽しませたい”と思って旅を続けてます。誰も知らない味を、誰も食べたことのない料理を、知らない街に届けたい」
ぐっと拳を握る。
「もっと旨いもんを、もっと広い世界で作りたい!
だからサーヤの言ったことが、胸に刺さったんです」
親方が、片眉を上げる。
「……なんて言ったんだ、こいつ」
レオンは息を吸って。
サーヤを振り返らずに言った。
「――“動く人生、悪くない”って」
工房が静まり返った。
サーヤはそっと目を伏せる。
(……なんか少しだけ恥ずかしいわね。結婚の挨拶かよ)
奥さんが、ゆっくり歩み寄る。
柔らかい笑顔のまま。
「あなた。覚えておきなさいね」
「旅ってね――」
「――“逃げ道”にも、“誇り”にもなるの」
レオン、息を飲む。
奥さんはサーヤの肩を抱く。
「この子は、一度“逃げてきた子”。命をかけて。
でも今は――胸を張って。
“進もうとしている子”なの」
それを守れる?
それを笑わない?
それを利用しない?
そう問いかける眼差し。
レオンは――はっきりとうなずいた。
「――はい。でも俺だけが守るんじゃなくて。
一緒に楽しんで、一緒に戦います。でも、ほんとに危なくなったら一緒に逃げます!」
親方、深く息を吐いた。
そして。
ガッッッ!!!
肩を掴んだ。
レオン
「ひゃん!!(変な声出た)」
親方はニィッと笑った。
「もし」
「サーヤを返せなくなったときは」
「命で払え」
弟子たち「出たぁぁぁ親方の名言!!!」
レオン(死顔)
サーヤ(肩震え笑いこらえ中)
奥さんは優しく笑って、
「サーヤ。ちゃんと帰ってきなさいよ。
ここはいつでも“あなたの帰る家”だから」
サーヤの胸が熱くなる。
「……うん」
そして、最後。
親方はふっと顔を緩めた。
「――行け」
「お前のすべてで、“世界に殴り込み”してこい」
サーヤは、力いっぱい笑った。
「――はい!!!」
「パン屋の娘」から「旅する少女」へ。
スプーン亭では守れなかった居場所が――
今、また一つ。新しく、広がった。




