第二章 scene7 パン屋の店先
夜が明けた。
街の色が、灰色から金色へと変わっていく。
サーヤは、石畳の上をただ歩いていた。
歩いて、歩いて、歩いて――
(……やば……)
足が、鉛みたいに重い。
体は子ども、精神はアラフォー。
根性はあっても、筋肉が限界。
「……無理」
カクン、と膝が折れた。
そのまま壁際に、座り込む。
朝日が目に刺さる。街の人々が動き始める。
子どもの姿が、道端でぺたんと座り込んでいるのは――割と危ないやつだ。
(あー……これ普通に保護案件よね)
笑えない冗談を思いながら、最後の理性で荷物を抱きしめる。
そして、かろうじて残っていた水を飲み、硬くなりかけのパンを頬張る。
「……んー……でも、がんばった、私」
少し自分を褒めた、そのとき。
――パンの匂いがした。
焼きたての、柔らかくて甘い、小麦の匂い。
(………………ん?)
サーヤは目だけ動かす。顔を上げる。
そこは――
立派な木の看板。朝の湯気を吐く煙突。
並べられ始めるパン。
完全に、パン屋の店先。
(……運命ってこういうことを言うのね)
ちょっと笑いそうになった、その瞬間。
「――おい」
影が落ちた。
顔を上げると、腕を組んだ大柄な男。
腕には粉。眉は吊り上がっている。
「……うちのパン、盗んだのか?」
周囲の視線が集まる。
はい来た。
異世界パン屋定番イベント:万引き疑惑。
サーヤは速攻で首を横に振る。
「ちがーーーう!!」
子どもの声が朝の街に響く。
「見なさいよこれ!」
鞄からパンを掲げる。
「こんな柔らかパン、この辺に売ってないでしょー!!」
男、固まる。周囲の客も固まる。
パン屋の男は、サーヤのパンを見て――目を細めた。
「………………確かに。
こんな柔らかそうなパン……この街じゃ、出してる店はないな」
周りがざわつき、視線が集まる。
サーヤ、胸を張る。
満面の笑みで、こう言った。
「これはね――“ふわふわパン”よ!」
男は眉を上げた。
「どこで手に入れた?」
サーヤは小さく微笑んだ。
「――作ったの」
パン屋の男の喉が、ごくりと鳴る。
「……おいおい、お嬢ちゃん。
パンはな、“遊び”で作れるもんじゃないんだぞ」
サーヤは肩をすくめる。
「知ってるわよ。
だから――ちゃんと教えてあげてもいいわよ?」
パン屋、完全に顔が変わる。
パン職人の顔だ。
「とりあえず……中へ入れ」
サーヤの未来が、またひとつ動いた、かもしれない。




