第一章 scene2 朝の食卓
パンを――がぶり、といった瞬間。
「……っかた!!??」
サーヤは固まった。
歯が折れるかと思った。
なんだこれ、石?
乾燥パンってレベルじゃない。
ラスクより硬い。
非常食?
(え、これ……食べ物?武器じゃなく?)
ちら、と視線を横に滑らせる。
向かいに座るハルトはというと――
当たり前みたいな顔で、その石パンをスープに浸していた。
割と長時間。
じっと待つ。
それから、やっとかじる。
「……あぁ、食えるな」
(……なるほど、そうやって食べるのね……!)
ちょっと納得。でも、ちょっとしょんぼり。
朝の食卓は静かだった。
木のテーブル。
少し欠けた皿。
スープの匂いは美味しそうなのに――
ふと視線を巡らせる。
片づけきれない箱。
積み上げられた空の瓶。
壁の棚もところどころ空いている。
生活は、回っている。
でも――余裕はないのかな。
そして、決定的に欠けている。
“ここには、母親の気配がない。”
食卓に彩りがない。
誰かが気を配った「生活の手」がない。
(……そういうこと、か)
胸の奥が、少しだけちくりとする。
ハルトは、パンを食べ終えると椅子を引いた。
「――よし。俺は、仕込み始める」
短く言って、立ち上がる。
どこか急いでいる。
余裕なんて欠片もない背中。
そのくせ――振り返って、言う。
「サーヤ。今日は寝てろよ」
「まだ、本調子じゃねぇだろ」
声は乱暴じゃない。
荒っぽいクセに、根っこだけは優しい。
(あぁもう、このタイプ……弱いわ)
みのりの主婦心が、少しうずく。
「……ふーん」
気の抜けた返事が、勝手に口から出る。
けど、それはサーヤの性格でもある気がした。
ハルトは頭をがしがし掻く。
「父さん一人で、何とかするから。……だから心配すんな」
言いながら、誰よりも不安そうな顔をしているのが、ちょっと可笑しい。
父ひとり。
娘ひとり。
食堂ひとつ。
(そんな状態で、店……やっていけるの?)
ハルトは、いつものように――
気丈にした顔で背を向けた。
そして厨房の方へ消えていく。
扉が閉まる音。
サーヤは、残りのスープをひと口飲んだ。
温かかった。
だけどその温かさは――
どこかぎりぎりに燃えている熱だった。
「……ふーん、父ひとり、子ひとりの食堂ね」
ぽつりと呟いた自分の声が、意外と静かに響いた。
みのりの主婦魂が、遠い国の石の床の上で、そっと目を覚まし始める。
(――はいはい。分かったわよ、この状況。)
どうやら、
この店、どう考えても“放っておけない”案件だ。
サーヤはスプーンを置き、小さくため息をつく。
「……ほんとにもう」
だけど、口元には――
ほんの少しだけ、笑みが浮かんでいた。




