第二章 scene6 切り替え
――夜道を歩く少女が一人。
石畳を踏む足音だけが、やけに大きく響く。
「……はぁぁぁぁああああ!!!」
誰もいないのを確認してから、思いっきり叫んだ。
「なにあれ!? どこの昼ドラよ!!」
手を振り回しながら、サーヤはブツブツと文句をまき散らす。
「泣きながら帰ってきた母? 夫婦の奇跡の再会?
“本当のスプーン亭”が戻ってきました??」
石を蹴る。
カン、と軽い音が夜空に跳ねた。
「なによそれ。
こっちからしたら“今までの努力は必要なかった宣言”じゃない!絶対に上手く行き出したのを見て、戻ってきただけなんだから!」
胸の奥が、まだズキズキしている。
でも泣くのは違う。
だから――文句で誤魔化す。
「まったく……なんなのよこれ」
肩をすくめ、皮肉っぽく笑う。
「追い出された妻かっての。
“家庭を取り戻した夫婦のために、静かに姿を消す娘”って……?
いや、誰がそんな美談やるか!!あーもう、シチューひっくり返してくればよかった!」
足を止め、空を見上げる。
星が見える。
遠い世界。
遠い現代。
息を吐く。
「……でもね」
ぽつりと呟いた。
「私、ただの“娘役”じゃないのよ」
首をぐるりと回し、肩を軽く叩く。
「我慢して、耐えて、黙って飲み込んで、“いい子”して――そんなの、できっこないわ」
ふっと笑う。
「だって、私は――」
胸を張る。
「アラフォーの戦う女だもの!」
それは誰にも聞こえない宣言。
でも、確かに世界に刻まれた一歩。
「さ、切り替え切り替え!」
手をパンッと叩く。
「新しい道を見つけるのよ、サーヤ!
仕事?宿?生きる基盤?
うん、やっぱこれ、就活じゃない?異世界就活!」
しばし考え――
「ヒッチハイク?」
自分で言って、眉をひそめる。
「いやいやいや!これ異世界よ!?
知らない男の馬車に乗って、奴隷落ちとか洒落にならないわよ!!」
両手で × を作る。
「ちゃんと宿探して、仕事探して、保証人とか必要なら交渉して……」
とんでもなくめんどくさい現実が浮かぶ。
「…………」
無言で空を見る。
「…………」
もう一度ため息。
「……よし。
とりあえず安全第一で生きる!」
言い直した。
足を踏み出す。
ただの夜道が、少しだけ冒険の始まりに見えた。
「覚悟しなさいよ、異世界。
アラフォー現役ワーママ、ここから本気出すんだから」
――サーヤの“本当の旅”が、静かに始まった。
その手には――
こっそり持ち出した、酵母の種があった。
“居場所を、もう一度育てるために。”




