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第二章 scene2 悲しい覚悟

スプーン亭は、今日も満席だった。


笑い声。

湯気。

皿の音。


――幸せな音たち。

ミナは店の真ん中にいた。


客と笑い合い、昔話に華を咲かせ、「やっぱりスプーン亭はこうでなくちゃ!」と言われて――


涙をこぼしながら笑っていた。


 


サーヤは、その少し後ろ。

皿を運び、テーブルを拭き、厨房との橋渡しをしながら、ただ、働いていた。


ミナがふと振り返る。

一瞬だけ、目が合う。


だけど次の瞬間、ミナは客の方を向いた。


「つらい思いを乗り越えて帰ってきた女の顔」で、笑っている。


サーヤは、息をひとつ飲んだ。

(……ああ、そうか)


ミナは「罪滅ぼし」なんかしていない。

“今、幸せになろうとしているだけ”だ。ここが成功したことを聞きつけて。


そこに――サーヤのため、という意識はない。





忙しい夜。


厨房が少し荒れるほどの注文。

そんな時、ハルトが、勢いで言ってしまった。


客が笑いながら、「奥さんが戻ってきて、良かったなぁ!」と言った、その瞬間。


 


「……あぁ。ようやく“本当のスプーン亭”に戻れました」



それは悪気なんて、ない。ただの、正直な言葉。


でも。


“今までの数年”を知るサーヤにとっては、それまでの毎日を、なかったことにする一言だった。



サーヤの手が止まる。

視界が少し滲む。


(本当の?)

(じゃあ今までの私は――何?)


笑顔で言った。

客と笑った。



娘と二人努力した“父の言葉”ではなかった。


喉の奥が痛い。

でも、泣かない。

泣いてしまえば、「子どもだから」と片付けられる気がした。


サーヤは――笑わなかった。

ただ、静かに仕事を続けた。




少し遅い時間。

常連が一人、酔って笑いながら言った。


ハルトとミナに向けて。


「本当によかったなぁ!家族は、夫婦が中心だ。

そうすりゃ子どもは自然にいい子になるさ。

あの頃の2人を知ってるから、サーヤもいい子だし、胸がいっぱいだよ!」


店が笑いに包まれた。


 


サーヤは、グラスを磨いていた。

手が止まる。


胸に何か、冷たい塊が落ちた。


(あ、そうか)

(私、いつも“あとから付け足された家族”なんだ)



父は“夫婦を取り戻したい”。


母は“幸せな自分に戻りたい”。


周りは“夫婦の再会を喜びたい”。


 

そしてサーヤは――

「“それを邪魔しない存在”であることを、求められてるだけ」


 


息が苦しい。

でも、サーヤは笑顔で、グラスを磨いた。



店じまい。


静かになった厨房。

消えかけのランタン。


父と母は、ほっとしたように笑いながら話していた。


「今日も忙しかったな」

「でも、幸せね」


2人で笑う声。


――その輪の中に、サーヤの名前は、出てこない。



サーヤは背中でそれを聞きながら、自分の小さな部屋に戻る。


扉を閉めてようやく、息を吐いた。


布団に顔を埋めて泣く?

……泣かないわ。


静かに、考える。


(ここを出よう)


胸が、少しだけ軽くなる。

誰かに追い出されたわけじゃない。

誰かに言われたわけでもない。


でも、このままだと、私は“消える”。

ここにいる意味がない。

 


スプーン亭は、父と母の店に戻った。

それは、きっと幸せなこと。


でも。


私は“その幸せの中にいない”。


生きる場所は、ここじゃなかったのね。


 


サーヤは、小さく笑った。

「……いいよ。親の人生は、親のものだもんね」


 


そして――

静かに荷物をまとめ始めた。


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― 新着の感想 ―
変わる時というのは楽しいと思う時苦しいと思う時とありますよね。決断できるのはすごいと思う。
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