第二章 プロローグ
スプーン亭は、戦場だった。
昼も夜も満席。
笑い声。
食器の音。
鍋の音。
息をつく暇もないくらい、
幸せな忙しさ。
サーヤは盆を持って走り回り、
ハルトは厨房で汗を飛ばしながら笑っていた。
「父さん! 今日も完売!」
「おう! すげぇなサーヤ!!」
胸がいっぱいになる。
――店が、息をしている。
だからこそ言えた。
「ねぇ父さん。……人、雇おうよ」
ハルトは、少しだけ驚いた顔をして――
それから静かに笑った。
「あぁ。やっと言える日が来たな」
その夜、スプーン亭の扉に一枚の紙が貼られた。
【従業員募集】
店の仕事を手伝ってくれる人
それは、“前に進む”という宣言だった。
そして――数日後
忙しさは変わらない。
むしろ増した。
客は増え、噂も広がり、
店の名は街中で語られ始めていた。
そんな日のこと。
昼の喧騒が落ち着いた頃――
カラン……と、扉の鈴が小さく鳴った。
「すみません、今日はまだ――」
サーヤは、いつも通り振り返り――
声を失った。
そこに立っていたのは――
見知らぬ女。
……なのに。
何かが胸を掴んだ。
長い髪。
旅の埃をまとった服。
少しやつれた顔。
でも――
その目は、懐かしい何かを知っている目だった。
女は店内を見回し、優しく、懐かしそうに笑った。
そして。
まっすぐ、サーヤを見た。
「……ただいま、サーヤ」
時間が止まった。
客席の空気が揺れる。
厨房から顔を出したハルトも、その瞬間、凍りついた。炊きあがったスープの湯気だけが、静かに立ち上がる。
ハルトの唇が、震えた。
「……ミナ……?」
女は微笑んだ。
涙をこらえるように。
「――帰ってきたの。
……スプーン亭に。
あなたのところに」
サーヤの胸がギュッ、と締め付けられた。
ここは、家族の店になり始めていた。
“父と娘”で立ち直してきた場所。
そこへ――
「出ていった母」が、帰ってきた。
そしてサーヤの背中を、誰かの視線が静かに刺す。
――常連たちだ。
(……この店を知る人たちの歴史が、いま、目の前で動いてるんだ)
ハルトは拳を握った。
苦しそうに。
嬉しそうに。
怖そうに。
全部ぐちゃぐちゃに混ざった顔で、ただ、名前を呼ぶ。
「……ミナ」
ミナは、静かに言った。
「働かせて。
……ここで。
……家族で、もう一度――」
サーヤの喉が、熱くなる。
――帰ってきた母。
でも。“戻るだけ”では許されない場所。
ここは、父と2人の努力で守られた店。
サーヤは、ゆっくり息を吸い母を見る。
子どもの目じゃなく。
“この家の一員として”。




